第21話 誓い

 泣きすぎて顔を赤くしたノアを心配しつつ、リラは内緒話でもするように、声を出す。


「私もね、ノアが大好き」


 言ってすぐに後悔した。恥ずかしすぎる。子供の時のような純粋さがない言葉に思えて、ぎこちなくノアと距離を取ろうとする。

 すると、ガシッと腕を掴まれた。


「リラ、もう一回」

「えっ!?」

「もう一回言って」

「いや、ほら、小さい時はよく言ってたし、それで足りるでしょ!?」


 引き剥がそうとしてもびくともしないノアの手に苦戦すれば、視界を彼の顔でふさがれた。


「足りないから、もっと」

「――っ! あー、もう!!」


 驚きで心臓が騒がしい。

 だから、この状況は耐え切れないと判断し、覚悟を決める。


「幼なじみのノアが、大好きです!」


 大きな声で恥ずかしさを誤魔化し、ノアの顔を自由が残る方の手で押す。すると彼は、泣きそうな顔をした。


「幼なじみ……。幼なじみ、ね……」

「何? 他に何かあるの? 医師のノアが好きとか言えばいいの?」

「もう、いいよ……」


 何よそれ!


 せっかく要望に応えてあげたのにと、リラが言葉を続けようとすれば、お腹が『ぐぅ』と鳴った。


「あれ? ご飯、まだだった?」

「今日の売り上げだけ置きに帰って、そのまま来たから」

「それじゃ今から、屋台でも巡る?」

「いいわね、それ」


 誘ったのはノアのくせに、驚いた顔をしている。それが面白くて、リラは笑った。


「こんな日だからこそ、花祭りを楽しもう? きっと今ね、ターニャはすごく呆れてると思うから」


 泣き腫らした顔は、夜だから気にならない。でもきっと、ターニャは心配しているだろう。

 彼女が愛してくれた自分たちは、幸せに生きるべきなのだ。そうでなければ、ターニャが何も言わずに消えてしまった理由が、さらに悲しいものになってしまう。

 初めて、リラはそう考えることができた。


「ずっと呆れてると思う。リラに」

「なんで私だけ!?」

「いつかわかるよ、たぶん。ほら、行くよ?」


 なんかむかつくけど、お腹が空いてるから余計にね、きっと。

 食べたらノアの戯言なんて忘れてやる。


 先ほどまでは昔のままの可愛い幼なじみだったはずのノアが、大人びた顔でリラを見ている。

 そんな彼が差し出してきた手をしぶしぶ取り、リラは立ち上がった。


 ***


 花祭り最終日は、よく晴れた日になった。

 昨日の夜は持ち帰ってまで食べ、目の腫れが引くようにノアが力も使ってくれた。

 その時、リラが久々に本気の力を使ったことをうっかり話し、怒られたのだ。


『今回は事情があったから仕方ないけど、最初は僕がよかったのに! 次にもっと未来まで視るなら、僕からだからね!』


 何をそんなにこだわるのかと思ったが、彼なりの心配なのだろうと考えが落ち着いた。未だに、ノアのことがわからない時もあるが、彼は単純なのであまり深く考えないことにしている。



「ターニャ、今年もここは綺麗ね」


 優しい色合いの花が咲き誇るのは、ターニャが最後を選んだ場所。森の中、ここだけが明るく輝いている。


「ターニャは本当に花が好きだよね」


 柔らかい香りに包まれながら、横に立つノアの声を聞く。

 風がさわさわと木々を揺らす音も相まって、穏やかな時の流れを感じる。


「ターニャのお母さんには申し訳ないけど、魔力が暴走しかかったから、同じ病院で生まれることができた」


 出産は命懸けだ。特に魔力も不安定になって、心臓に負担がかかる。だからターニャの母は、神の手がいる病院へ運び込まれた。

 そこに、リラとノアの母もいたのだ。

 どちらの母も英雄の血は引いていない。だからかもしれないが、三人は今でも仲が良い。


 ターニャが消えてしまった時は、疎遠になると思っていた。何より、リラは責められると思っていたから。

 それでも、ターニャの両親は変わらずに接してくれる。

『あの子の宝物は、私たちの宝物でもあるから』と、言ってくれたのだ。


「ずっと、私たち三人は一緒だった。それはこれからも変わらない。だからね、ターニャに、私の夢を話しに来たの」


 ターニャが選んだこの場所には、意味がある。リラとノアの声も届きやすいだろうと、そんな風に思う。

 だからターニャが目の前に存在するように、声をかける。


「私はこれからも、明日までを視る。先を視るのは怖いけど、それだけじゃない。ターニャのような選択をするしかない人たちの、力になりたい。だから私が絶対に、呪いの始まりを見付けてみせる」


 言葉を切り、息を吸う。

 そして、宣言した。


「私は諦めない。たとえ変えられない運命だとしても、未来を決めるのは私だから」


 呪いが降りかかるのは止められない。

 ターニャはそれでも、自分の決めた未来を掴んだ。

 けれど、こんな悲しい結末しか選べないことがおかしいのだ。

 だからリラは、不可能という自身を弱める言葉を封じ込める。

 この世に絶対など存在しない。ならば、呪いも消し去れる日が訪れていいのだ。


 そう強く、想いを込める。

 すると、ノアがそっとリラの肩を抱き寄せてきた。


「僕もターニャに伝えておくね。僕は救うために存在している。怖くても、救い続ける。それは呪いからもだ」


 ノアの言葉に、リラの胸が熱くなる。

 ようやく、動き出せる。

 そう考えた瞬間、差し込む光が増した。


『何があっても、わたしは二人の味方! こんなに大好きだと思える相手が二人もいて、生まれた時から一緒なんて、まさに運命でしょ? だからどんなに遠く離れても、わたしたちはずっと最高の幼なじみなんだから!』


 ターニャ……。

 

 リラが欲しい言葉を考えただけかもしれない。

 それでも、ターニャの眩しい笑顔が見えた気がした。

 彼女がこの言葉をくれたのは、植物学者への道を決めた時。この土地から離れるのを悩んでいたが、リラとノアは応援した。それ以外なかった。ターニャがしたいことをしてくれるのが、何より嬉しいからだ。

 すると彼女は照れたように笑い、世界を巡り、未知の花を見付けに行くのだと、嬉しそうに話してくれた。


 それが、花祭り前日の話だった。この次の日、ターニャに呪いが降りかかってしまった。

 それを思い出し、悔しさで胸がいっぱいになる。


「だからね、いろんな場所へ行こうと思うの。ここまで来られない人もいる。お金が無くて、悪魔の目に頼るのをためらう人だっている。そんな人たちの所に、私から行こうと思うの。だからね、見守ってくれる?」


 ふわりと、頬を撫でるような風が通り抜ける。

 それが、リラの不安を拭い去ってくれたように思えた。

 それなのに、ノアが無理やり体を向き合わせてきた。


「その話、初めて聞いたんだけど?」

「今初めて話したもの」

「リラ一人じゃ行けないよね?」

「そうね。でも拠点はここ。悪魔の目を頼ってくる人がいてくれるからね。だから仕方ないけど、あいつを頼ろうと思うの」


 肩を持つ手に力を入れられ、ノアが怒っているのがわかった。きっと、頼る相手が誰だか見当が付いたのだろう。


「あいつってまさか、神の足?」

「そのまさか。だってこの世界のどこにでも運んでくれるなんて便利な力、他の人にはないじゃない」

「だめ。絶対。僕も行くから」

「えっ、なんでノアが!?」

「何かあったらどうするのさ。神の足ぐらいなら殴り倒せるし。それに僕はリラの店の側じゃなきゃ働かないって条件であの病院にしたのに、意味がなくなるじゃないか!」


 殴り倒す相手が違うじゃない!

 それにその条件、おかしいでしょ!?


 一生の別れでもないのに幼なじみ離れできないノアへ、リラは呆れて物も言えなくなった。


「そうだ。やっぱり護衛は必要だし、治癒もできる僕は行くべきだ。それに新種の魔物に出くわしたら、区別がつかないよね? だから王子も連れて行くか……」

「ちょ、ちょっと待ってよ! さすがにそれは――」

「魔物の影響を受けただけの生き物は倒したくないでしょ? それにさ、これは呪いを消し去る旅にもなる。なら、英雄の子孫と言われる僕たちは、力を合わせるべきだ」


 確かに、討伐記録のある魔物のみなら対処しようがある。

 でも新たな魔物は心の声を聞き分けてからという、決まりもある。魔物には正の心がない。もしくは、何も声がしない。それを判断し、対処を変える。

 けれど、リラが考えていたもの以上になってしまい、動揺する。


「言いたいことはわかるけど、この話が通るかはわからないじゃない」

「わからないけど、やるしかないよね? だってようやく、僕たちは動き出せたんだから」


 ノアの自信にあふれた笑みを見て、リラも心を決める。


「そうね。ターニャにも誓ったんだもの。やるなら徹底的に。いつか呪いを、じゃなくて、私たちが呪いを終わらせる」


 ノアとターニャと一緒ならきっと……。


 リラの幼なじみはどちらも、希望を教えてくれる。

 だからどこまででも歩いていけると、リラは確信していた。




【完】

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万華鏡《カレイドスコープ》は曇らない〜悪魔の目は運命を視る〜 ソラノ ヒナ @soranohina

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