第12話 シャーリィ③

「リラちゃんに、いつもてんきをおしえてもらってるの?」

「そうだよ。リラの占いは当たるからね。それにね、僕が外れさせないから」

「??」


 だいぶ打ち解けたようで、シャーリィの喋り方が変わっている。それなのにノアがまたも不思議な回答をするから、シャーリィが悩んでいるのが伝わる。

 しかしリラは、明日のシャーリィが怪我をしていないかの確認を急いだ。


『いたっ!!』

『シャーリィちゃん、大丈夫か!!』


 どうやら両手を擦りむいたらしく、町の人が集まってくる。けれどシャーリィは青ざめた顔で周りを見回す。


『あった!!』


 転んだ拍子に願いの花を放り投げてしまい、無くしたと思ったのだろう。だから、泣きそうだったシャーリィの目に光が戻る。

 しかし、すぐに涙が溜まった。


『おはなが……』

『泥水吸っちまったか。新しいの買うか?』

『もう、おかね、ない……』

『お祭り初日だ! アタシが買ってやるよ!』

『…………ううん! ありがとうございます! だいじょうぶです!』


 運悪く水溜りに落ちてしまった透明な花弁が、今は土色に染まっている。

 それを握りしめ、袖で涙を拭って、シャーリィは元気そうに走り出す。

 けれども、またあふれ出した雫が頬を伝う。


『あたしのおかねじゃなきゃ、だめだもん』


 シャーリィちゃん……。


 泣き声を抑えるシャーリィの強さに、リラの胸が締めつけられる。しかし彼女は走り続け、広い原っぱのある公園でようやく止まった。


『ごめんね、おはなさん』


 誰もいないのを確認して、シャーリィが怪我をした手で地面を掘る。ぽたぽたと涙が土を濡らし、リラの目頭が熱くなった。


 初めてのお使いは、いろんなことがある。

 大人になれば笑い話にできるかもしれないが、子供にとっては人生を左右するほどの絶望を味わっているだろう。


 この後、シャーリィちゃんはどうするの?


 思わず、先を視る。

 すると、泣き腫らしたシャーリィが、両親へ向かって微笑んでいた。


『えへへ。おなかすいて、おかしたくさんたべちゃった。だからね、あかちゃんにプレゼントかうおかね、なくなっちゃった。おねえちゃんなのに、ごめんなさい』

『いいのよ。シャーリィのお金はシャーリィが好きに使って。手、怪我してるね。お薬つけようか』

『ちゃんと帰ってこられたんだ。頑張ったぞ!』

『……うん』


 きっと、近所の人から話を聞いたのね。

 だから、辛そうな顔で笑っているのね。


 シャーリィの決断を、家族全員が受け入れている。

 これでいいのだろう。

 でも、リラの目の前が歪む。


「リラ?」

「リラちゃん?」

「ごめんね。目に何か入ったみたいで……」


 ノアとシャーリィに気付かれてしまい、万華鏡が消える。それでもリラは誤魔化しつつ、結果を告げた。


「明日の天気は晴れ。でもね、今日この後、雨が降るみたい。だからね、明日は水溜りに気を付けてね」

「わかりました!」


 この笑顔が明日には曇ってしまう。それも人生。

 だけど……。


 ノアの膝から飛び降りたシャーリィを見送るために、リラも席を立つ。

 すると、シャーリィはこちらへ小走りで近付いてきた。


「リラちゃんはほんとうに、あくまなの?」

「悪魔というか、悪魔の力をすこーしだけ使えるの」

「あくまじゃないのに?」

「そうなの。黒っぽい目と黒の髪は悪魔の力で、キラキラしている目と白の髪は神の力が使える目印なのよ。だからほら、私もそういう色、してるでしょ?」

「それはしってる! かみさまもあくまも6にんいて、あわせて12人! だからちからも12こだよね?」

「すごいね! シャーリィちゃん賢いね」


 シャーリィとの距離もだいぶ縮まったようで、リラへの口調も変わった。それに喜びながらも、胸の痛みは強くなった。


「リラちゃんはめがみさまみたい! すっごくきれいなまほうをみせてくれてありがとう!」

「……そう、言ってくれて、ありがとう。明日、頑張ってね」

「うん! あのね、またきてもいい?」

「いいよ。いつでもおいで」

「やったー!」


 はしゃぎながら帰るシャーリィを、リラとノアは並んで見送る。

 けれども、振り返りながら歩くシャーリィの姿が見えなくなった途端、ノアから手を引かれ、店の中に連れ込まれた。


「何が視えたの?」


 前髪が触れ合いそうなほど、近付いて覗き込まれる。ノアの輝く碧の目を見ていると、嘘がつけなくなる。


「シャーリィちゃん、初めてのお使い、大成功なの。でもね……」


 先ほど視たシャーリィの涙を思い出し、リラも目の前がぼやける。

 けれど、すぐに視界が白で覆われた。


「ゆっくりでいいから、教えてくれる? 僕にも何か、力になれるかもしれないから」


 白衣を汚すのは気が引けて、ノアの胸を押して空間を作ろうとした。でもそれは無駄な努力に終わり、リラの頭が優しく押し付けられた。


「変な気遣いしなくていいから」


 こういう時ばっかり、大人になるんだから。


 頼もしさを感じるたびに、ノアとの距離を感じる。もう昔のままではいられないと、不安が押し寄せてくる。

 でも、それが普通なのだ。お互い、大人になった。それでも縁は切れない。その事実に感謝するべきなのだ。

 そう言い聞かせ、騒つく胸を無視し、リラはぽつぽつと話し続けた。


「そっか……。乗り越えてほしいよね。でもさ、やっぱり心の傷にはなるだろうね。願いの花は買えたのに、嘘をつく。しかも、家族のために。きっとね、成長した時、話せる時が来ると思う。でも、シャーリィちゃんは賢くてとても優しい。まるで、ターニャみたいに。だから、


 ノアの言葉に、思わず顔を上げる。

 彼はいつもと変わらない笑みを浮かべていた。

 もしかしたら初めから、気付かれていたのかもしれない。

 リラが僅かにとはいえ、シャーリィにターニャを重ねてしまったことを。


「リラは、どうしたい?」


 本来なら、踏み込むべきことではない。

 けれど、本当のことを言えない辛さは、心の傷を深くしていくのを知っている。

 そして、真実を話す機会が無くなれば、さらにだ。

 だから、リラは決断した。


「過去は変えられない。乗り越えるものだから。でも、未来は変えられる。だからね、協力してほしいことがあるの」

「僕でよければ、いくらでも。でも、やりすぎるのはよくないよね? だから、リラのやりたいことをきちんと教えてね」

「わかってる。本当にささやかなことをするつもりだから」


 ノアの腕が解かれ、肌寒さを感じる。それに心細さを覚えるも、肝心なことを伝えるために、続きを紡ぐ。


「まず、明日はお休みするから。だから花祭り、一緒に行こう」

「えっ! いいの!?」

「遊びに行くんじゃなくて、シャーリィちゃんのことでだからね!」

「そうだね、デートだね」

「ちょっと、私の話ちゃんと聞きなさいよ!」


 また浮かれ始めたノアの手を取り、占術部屋へ招き入れる。

 そして、作戦会議が始まった。

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