第13話 リラたちの準備
「リラさ、今日ぐらい他の服でもよかったんじゃない?」
「ん? 黒のワンピースが着慣れてるからね」
「そういうの、もったいないよ」
「もったいない? 安いときにまとめ買いしてるから大丈夫。それにね、デザインが少しずつ違うの」
「そうじゃなくてさぁ……」
花祭り開始日。それぞれが準備中の早朝、リラとノアは町中を歩いていた。
リラは黒のローブを着ていないものの、いつも通りの黒のロングワンピース。今日は胸元にレースがあるのだが、ノアは不満そうだ。
ノアは普段着。白の襟付きシャツは袖口がきっちり絞られている。藍色のボタンが存在する場所だけは生地が違い、黒のレースを重ねているように見える。
手首にはいつも通り、封具の金の腕輪が輝く。
ズボンも白だが、脇に二本の藍色が縦線を描く。蝶ネクタイも同様の色だ。
ノアは『リラとお揃い』だからと、黒や藍を差し色として使う。
こういうことは恋人とするものじゃないか? と聞いたこともあるが、『だからだけど?』と返され、理解した。
ノアに言い寄ってくる女性避けとして使われているのだろうと。何回も相談されたので、彼の苦労を完全にではないが、わかっているつもりだ。
しかし、神の力を持つのに悪魔の力を持つリラと仲が良いと認識させる行為は、変わった趣味だと思われるだろう。それはそれで、ノア本来の魅力を打ち消すものであり、罪悪感もあったりするのだが。
「ま、リラはずっと綺麗だし、これ以上着飾らなくていいか」
「褒めても何もないからね?」
「うーん。じゃあ、手ぐらい繋いでもらおうかな」
ノアは勝手に納得してくれたようだが、リラの言葉に立ち止まる。だからつられて足を止めれば、優しく右手をさらわれた。
幸せそうに微笑むノアの顔が近くて、そういえば今日は伊達眼鏡をしていないのだと、意味もなく考える。だから、彼の手が大きなことにも、今さらながら驚いたのだろう。
その事実に、心臓が馬鹿みたいに騒がしくなった。
「手って、そんな、子供じゃないのに」
「昔はずっと繋いでたでしょ? それじゃこうする?」
「やっ、それは……!」
「それは?」
繋ぎ方をいきなり変えられれば、指を絡められる。さすがにこれは誤解されるだろうと慌てれば、ノアの笑みが深くなった。
「もしかして、恥ずかしいの?」
当たり前でしょ! と言おうとしたのに、ノアの碧の瞳が揺れる。あからさまに悲しそうな顔をされ、リラは折れるしかなかった。
「……恥ずかしくなんてないし。今日だけだからね」
「じゃあ今日中に慣れちゃおうよ。そうしたらずっとこの繋ぎ方ができるもんね!」
「ねぇ! いつも言ってるけどちゃんと私の話聞きなさいよ!」
ノアの考えはいつもどこか飛んでいる。それでもそんな彼が憎めない。それぐらい、リラにとっては大切な人で幼なじみだから。
でもどうしてか、先ほどよりも熱が集まった顔を見せたくなくて、ノアを引っ張るように歩き出した。
王都・ロランジェは中央に王宮があり、そこから放射線状に一番通りから十二番通りが広がるように存在する町だ。
「じゃあさっそく、やるわよ」
リラとノアの自宅もあり、働く場所でもあるのが十番通り。
けれど今は、九番通りに来ている。
シャーリィはリラのところまで徒歩で来た。そして、母親と店の近辺も通ってもいる。
だから、そこまで彼女の自宅は遠くないものと判断し、昨日のうちに見えた店も見付け出しておいたのだ。
「転んだ場所はこの辺?」
「そうなんだけど……」
特別変わった道でもなく、ここは手を加えられないとノアへ伝える。
「じゃあやっぱり、水溜りだけをどうにかしようか」
「水を除去して、念のために砂でもかけておけばいいと思うけど、もしもの時は先回りするからね?」
雨は深夜から降り続き、いろいろな所に水溜まりを作った。シャーリィが通るであろう道の周辺も魔法で整えつつも、変えられない未来だった場合を想定し、動く予定だ。
「いいよ。それまでは、二人の時間を楽しもう?」
「これが終わってからね。それにしても、どうしてそんなに嬉しそうなの?」
リラの返事を聞いて、ノアの笑顔がいつも以上に輝く。だから思わず尋ねれば、彼は繋いだままの手に力を込めてきた。
「こうして普通に花祭りを楽しむなんて、久々だからさ。だから、シャーリィちゃんには感謝してるんだ」
その意味に、リラは曖昧に微笑む。
純粋に楽しむべき催し事なのに、どうしても心から楽しめない。
だからリラはずっと避けてきた。ノアはきっとそんな自分に合わせていたのだろう。
もう、進まなきゃいけない。
私たちはみんな、進むために生きているんだから。
そう意識するも、リラの足をもう一人の自分が掴んでくる。
まだ向き合うのが怖いと、震えながら。
「リラ?」
「……シャーリィちゃんのために、頑張ろっか」
心配そうな顔をしたノアは、きっと気付いている。けれどリラは、それには応えず魔法で水を集め始める。
でもノアは、何も言わずに作業を続けてくれた。
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