第14話 シャーリィが選んだ未来

「だいじょうぶだもん! いってきまーす!」


 元気に飛び出すシャーリィを確認し、リラはノアと共に跡をつける。今日のシャーリィの服装は、淡い紫で染まる丸襟付きの水色ワンピースだ。


「小さいから見失いそうだね」

「やっぱり先回りね」


 いくらノアの背が高いとはいえ、人混みの中のシャーリィを追いかけるのは大変だ。

 なので、雑貨屋付近の、彼女に見つからない場所で待機するため、進む方向を変える。


「……手、このまま?」

「そうだよ? 僕たちまではぐれたら意味ないでしょ?」

「そうだけど……」


 本当にずっと繋ぎっぱなしだ。作業中も、作業を終えた後も、出店を見て回っている時もだ。

 いい加減疲れないのだろうか? と思いつつも、リラは足を動かす。


「こんなに良いお天気なんだから、最後まで晴れになるといいよね」

「そうね。あとは祈るだけ」


 シャーリィちゃんの笑顔が曇りませんように。


 リラは水溜りに注意してと伝えたし、シャーリィの通る道には工夫もした。だから未来は変わっただろうと想像しておいた。


 ***


 来た!


 通路の反対側にある出店の影に隠れるように、リラとノアは待機している。

 そして遂に、全ての買い物を終えたシャーリィが雑貨屋から出てきた。


 大丈夫。

 だい――。


 強く念じた途端、女性の短い悲鳴が聞こえ、目線を動かす。


「ごめんなさい!」

「いいって! 汚れてないかい?」

「大丈夫です!」


 そんな!!


 少し先、今からシャーリィが走り出す道にある、出店の花屋の樽が倒れたのが目に入る。

 結構な水がこぼれ、広がっていく。


「まずいな」


 ノアの声に、リラは一歩踏み出す。

 けれども、シャーリィはすでに駆け出していた。


 どうしたら……!


 魔法で水を消そうとするが、人が多すぎて目標を捉えきれない。その間に、シャーリィが派手に転んでしまう。


 それならいっそ!!


 リラとノアは人混みの中を走る。けれど向かう先は、宙を舞う願いの花だ。


「いたっ!」


 シャーリィの声が聞こえる。でもあちらは、他の人に任せておけば大丈夫だ。


 間に合わなかった。

 それでも!


 混雑していなければ。そう考えたところで過去は変わらない。それにノアが道を作るように先導してくれたから、早く辿り着けたのだ。

 だからリラは急いで水に浸った願いの花を拾い上げる。しかし数枚の花弁の縁が、泥水で染まってしまった。


「おはな、どこ……あれ? リラちゃんとノアくん?」


 後方から、シャーリィの声がする。

 だからリラは、笑顔で振り向いた。


「さっきね、シャーリィちゃんが転んだ時、お花が飛んで行ったのが見えたんだ。このお花を探してるんだよね?」

「わぁ! ありが、とう……」


 リラから差し出された願いの花を目にして、シャーリィの笑顔が消える。


「初めてのお使い、頑張ってるね。他に買うものはあるのかな?」

「ない、けど、それ……」

「綺麗だね。シャーリィちゃんが選んだお花だから、なおさらキラキラしてるのかも」

「え……? よごれちゃってるよ?」


 泣き出してしまいそうなシャーリィへ、ノアが優しく声をかける。周りに集まっていた人も、リラたちへ任せるように散っていく。

 だからリラは占術師としてではなく、小さな友人へ向けて言葉を送る。

 すると、シャーリィの目がまんまるに見開かれた。


「汚れてる? そう見たら、そうかもしれないね。でもこの色は、今日のシャーリィちゃんが頑張った証拠でもあるんだよ?」

「がんばった? ころんじゃったのに?」

「転んだのに泣かなかったシャーリィちゃんはとっても偉いじゃない! ね、ノア?」


 両手を怪我しているにも関わらず、シャーリィはずっと願いの花だけを心配している。その真っ直ぐさが眩しく、守りたくもある。だからノアへ話を振れば、彼はシャーリィの小さな両手を包んだ。


「そうだよ。ほら、こんなに血が出ているのに。だから友だちとして、治させてね」


 占った相手とは縁ができるものである。しかしその度に踏み込んでいては、自身の生活に支障をきたす。なので、一線を引く。


 けれど、シャーリィとは長い付き合いをすることに決めた。だからここまで動くと、リラとノアの意見は一致したのだ。


生命の補助ステンデラヴィ


 優しい光が生まれ、ゆっくりと消えていく。

 通常の治癒の呪文だが、神の手であるノアが使うと早く効果が現れる。そして必要な魔力のみを使うため、疲労も感じにくい。


「わっ! いたくない!」

「それでも、今日一日は無理しないでね。ゆっくりゆっくり治してるから。あとね、シャーリィちゃんの魔力も借りて治してるから、眠たくなるかもしれない。その時はちゃんと寝るんだよ?」

「わかった! ありがとう!」


 両手を何度も握ったり開いたりしながら、ノアの言葉にシャーリィが大きく頷く。

 そして今度は、リラへ視線を向けてきた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう……」

「そのお花、どうする?」

「……あの、これ、ほんとに、キラキラしてる?」

「もちろん! この色があるから、世界に一輪だけの花になったんだよ? 特別なお花だね」

「とくべつ……」


 もしいらないと言われたら、リラは買い取ろうとしていた。そこまではやり過ぎかもしれないが、シャーリィが頑張った証として欲しいと伝えるつもりだった。

 けれど、シャーリィの表情は明るい。


「あのね、これね、あたしのいもうとにあげるんだ。まだママのおなかのなかにいるから、みんなでまってるよって。はやくあそぼうねって。だいすきだよって。おねがいごとしてからあげるの。だからとくべつなら、もっとよろこんでくれるかな?」


 生まれてくる前から、立派なお姉さんなのね。


 あふれ出す温かな想いを込めた願いの花を喜ばない者はいない。きっとそれは、シャーリィの妹にも伝わるはずだと、リラは思う。


「喜ぶよ。だってお姉ちゃんからのプレゼントだよ? 私だったらとっても嬉しい」

「リラちゃんは、うれしいんだ」

「僕も嬉しいよ」

「ノアくんも? それなら……、うん。このおはなで、しおりつくる!」


 満面の笑みを浮かべたシャーリィの姿に、こちらまで頬が緩む。一人寂しく泣かせる未来がなくなり、安堵の息を吐く。

 でも、家に帰るまでが初めてのお使いだ。だからリラは、声をかけた。


「あとはもう帰るだけ?」

「うん!」

「おうちはどっち?」

「あっち!」

「そうなんだ! 私たちもあっちに用があるから、途中まで一緒に行ってもいいかな?」

「いいよ!」


 ふふっと、ノアの笑う声がする。きっと彼もわかっているのだろう。ここで家まで送ると言ったら、シャーリィの初めてのお使いに水を差してしまうことに。

 それでもできる限り見守りたくて、リラはあえてこう提案したのだ。



「またね!」

「「またね」」


 シャーリィを見送れば、肩の力が抜ける。あと少しで彼女の家が見える所まで来たが、最後がどうなるかはわからない。でもきっと、シャーリィが決めた未来は変わらないだろう。


「お疲れ様」

「ありがとね」


 ノアが優しくリラの手を取り、微笑んでくる。その温もりに心が緩めば、ノアがしっかりと指を絡めてきた。


「早く子供が欲しいね」

「シャーリィちゃんが可愛すぎたからって、子供は一人じゃ授かれないじゃない」


 あ、今のノアの場合は、里親のことを言ってるのかも?


 勢いに任せて行動に出る節があるノアへ、さすがに命ある者に対しての考えが軽率ではないかと咎めようとする。

 するとノアが、首を傾げた。


「リラと僕の子供のことだよ?」


 は?


「ノアさん! この後少しだけでもお時間をいただけますか?」

「待ちなさいよ!! なんか大変そうだから様子を見てたのに抜け駆けするな!!」


 ついに頭がおかしくなったのかと思えば、リラとノアは見知らぬ女性たちに囲まれた。


「いや、あの、今、リラと大切な話を――」

「どうぞごゆっくり」

「えっ!? 待ってよリラ!」


 どおりで変なことを言い出したわけだと、リラは瞬時に理解した。

 ノアは女性たちの存在に気付いていて、あの言葉を選んだのだ。

 だからこそ、この先ここにいても修羅場に巻き込まれる。なのでリラは離脱する。

 ちらりと見れば、可憐な城壁に囲まれたノアが、情けない表情を浮かべている。

 だからリラは背を向けて歩き出し、心の中で舌を出す。


 私に頼るのはいいけど、今回はさすがに言い過ぎ。

 それに無理があるのよ。

 神の手と悪魔の目が恋仲になるなんて、誰も信じないから。

 だから早く、好きな人を見付ければいいのに。


 その事実に安堵すると共に、寂しさが込み上げる。理由はきっと、実現してしまったら、ノアと過ごす時間が減ってしまうから。

 そんな自分の幼さに、リラは苦笑した。

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