第15話 クロエ①

 次の日、シャーリィが両親と共に店を訪れた。『ないしょなんだけどね!』と、全てを話したようで、かなり申し訳なさそうにお礼を言われた。


 シャーリィはよくわかっていないようだったが、『みてみて! がんばったよ!』と、七色に染まる願いの花のしおりを見せてくれた。

 ここでリラは思いきり頭を撫で、褒めちぎる。彼女は自分の決めた未来をちゃんと掴み取れたのだ。そのことがリラにとっても、嬉しい。


 それと、両親から代金も渡されそうになったが、これはいつかシャーリィが支払ってくれればと伝え、さらに頭を下げられた。

 だから、出会えたことに感謝しますと、リラもお礼を伝えたのだ。


 そして、いつもよりは多く訪れるお客様の相手をしながら、花祭りが終わる前日まで忙しく過ごした。

 全く会えないノアのことがずっと気掛かりではあったが。


 次のお客様で最後ね。

 明日はちゃんと休めるからって言われたけど、後でノアの所に行こう。


 これが終われば、店じまい。今は夜の七時前。締めの作業を急げば、八時には間に合うだろう。


 ノアは入院患者の容態が急変し、病院に泊まり込んでいる。けれど、休めるというのは配慮ではなく、何かあったのだろうと予想してしまう。

 ただ峠を越したのかもしれないが、昼間に連絡をよこしたノアの声からは、喜びを感じられなかった。

 そんな彼が心配で、気が逸る。


 だめだめ。

 私が今すべきことは、お客様と向き合うこと。


 自分の事情を持ち込んで仕事をするのは不誠実だとして、リラはひと呼吸置く。それから頬を叩き、お客様を出迎えた。


「お待たせしました。どうぞお入り下さい」


 頷く女性は五十代ぐらいだろうか。

 灰色の髪はきっちりと結わわれ、低い位置でお団子にしてまとめている。幾分か明るく見える灰色の瞳は垂れ気味だ。

 しかし黒すぎる服が喪服を連想させ、覇気も感じられない。表情も疲れ切っており、来る場所を間違えているのかと勘繰ってしまう。


「私で最後、でしょうか?」

「そうですね。何か気になることでもありますか?」

「いえ、それなら、後を気にせずお話できるなと思いまして」


 訳ありなのかも。


 たまに、人生相談のような話に移行することがある。

 占術師とは、その人の本質を見抜く力が必要だ。

 ただ占いの結果を伝えるだけでも成立はする。だが、相手の望みを引き出した方が、よりお客様の希望に添えるのも事実だ。


 リラは自分の力を疑ってはいない。だから、本当に知りたいものを引き出すために寄り添うようにしている。

 それは目の前の女性に対しても同様だ。なので、閉店の看板に切り替えた。


「何をなさっているのですか?」

「終了したことにしましたので、中でゆっくりお話を聞かせていただきますね」

「お心遣いありがとうございます」


 リラの行動に、女性の表情が和らぐ。


 何を占いたいのかわからないけど、少しでも負担が軽くなればいいわね。


 いつもとは違った非日常を感じることで、自身の心と対話できる人もいる。女性にとって占いがそうであればいいと願いながら、リラは微笑み返した。



「私の名前はクロエと申します。ファミリーネームも必要でしょうか?」

「いえ、お名前だけでいいですよ。私のことはリラとお呼び下さい」


 占術部屋へ招き入れれば、クロエは席に着く前に自己紹介をしてくれた。占いの流れに目を通してくれたのだろう。

 それだけ相手に配慮し、同時に迷惑をかけたくない思いが強い女性なのかもしれないと、リラは推測する。


「どうぞお掛け下さい。説明は読まれたと思いますが、私の占いは明日までの限定されたものです。そしてそれを先に知ることは、クロエさんの未来を奪うことにも繋がります。それでも、占われますか?」


 クロエが席につき、リラと目を合わせる。

 きっと彼女は会話の方を優先したいだろうと思い、すぐ本題に入った。

 すると、クロエは弱々しい笑みを浮かべた。


「私の明日を奪ってもらえることが、望みですので」


 どういうこと?


 どうにも、リラの言葉の意味とは違う返事をされたように思い、じっとクロエの変化を眺める。

 けれど彼女は目を逸らすことなく、リラの行動を受け入れるのみだった。


「本当に奪うわけではありませんが、どのようにも変えられる未来の選択を奪うことにはなります。それでも占うのなら、いつの何を知りたいのでしょうか?」

「明日の夜、今と同じ時間を見ていただけますか?」


 もう、クロエさんの中では決まった未来があるのね。

 でもなんだか、嫌な予感がする。


 迷いなく言い切るクロエの背筋は伸びたままだが、目に宿る光は消えた。それでも、彼女の中で揺らがないものがあるのだろう。

 この決意した瞳を、リラは知っている。


『リラ、わたしの未来を視てくれる?』

『任せて! 最近ね、ターニャの元気がないような気がしてたから、悩みを解決してみせるわ!』

『やっぱりリラは頼もしいな。じゃあね、花祭りの最後の日に、お願いできる?』

『いいよ! でもそれってノアもいるけどいい?』

『もちろん。二人に聞いてほしいことだから』


 ターニャ……。


 最近、ターニャとの最後の日を思い出す。それはこの時期だからというのもあるが、もしかしたらリラも自身の過去と向き合う時が来たのかと、予感している。


 エイミー、シャーリィ、そしてクロエ。

 こんなにも短期間でターニャの存在を強く感じさせることが続くのは、不自然な偶然。すなわち、必然なのだ。

 だからクロエの未来を視るために、気を引き締める。


「わかりました。それでは今から占います。けれど、クロエさんは何か、覚悟をされてここへ来たように思えます。なので、クロエさんにも未来を視えるようにしますか?」

「はい。そうお願いしようと思っていましたので」


 やはり、クロエは注意書きをかなり読み込んでいる。『場合によっては未来をお見せすることも可能です』の言葉も拾っていた。小さな文字だが、気付く人は気付く。

 しかしリラが必要だろうと思う相手へのみ、打診するものだ。


 クロエさんは未来が確定するのを確認したいだけ。

 それがもし、ターニャと同じものなら……。


 リラの中に迷いが生まれる。

 しかし、占わないわけにはいかない。もし自分の予想通りなら、何としてでも止めなければならないから。

 だから、クロエがここへ来た意味と向き合うために、リラも覚悟を決めた。

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