第11話 シャーリィ②
とりあえずシャーリィを座らせ、その間にリラとノアは深呼吸を続けた。そうしなければ、理性を失いそうだったから。
しかもノアは、『リラの様子が少しおかしいから、帰るのが遅くなります』なんて連絡を職場へ入れており、ここに居座る気満々である。
そして自分たちの自己紹介も終え、リラはシャーリィに確認する。
「ノアもここに居ていい?」
「はい! ノアくんがいてくれたら、こわくないです。でもリラちゃんもこわくないです!」
「うんうん。私は怖くないからね」
「あっ!!」
シャーリィが慌てて肩掛け鞄を漁っている。そのせいで、ふんわりとした白いブラウスの肩を滑るように、赤と黒のチェック柄吊りスカートの紐がずり落ちそうになっている。
けれどそれに構わず、シャーリィは様々な玩具を机に広げた。
「あの、おかねは、その……、ないんです。あした、おつかいでかうものがあって! だから、たからもの、もってきました!」
うーん。
どうしようかな。
キラキラした玩具を目の前にし、リラは物色するように眺める。
一度無料で占ってしまえば、他の子供も訪れるかもしれない。でも、シャーリィの力にもなりたい。
だから、リラは真剣に彼女へ問いかける。
「どうしても占いたいなら、やっぱりお金は必要なの。お母さんかお父さんに借りることはできない?」
「ないしょにしたいんです……」
「そう。それなら、大人になったシャーリィちゃんが支払ってくれるかな?」
「え?」
リラは立ち上がり、後方へ向かう。
そこにはあるのは、正方形の引き出しが十二個ついた、藍色のドロワーチェスト。
その中から、必要なものを取り出す。
「この二枚の紙に名前を書いてくれる?『大人になったら支払います』って、私の方で書いておくから。これが約束になるから、無くさないでね」
今までチェストの上を机代わりにしていたけど、ちゃんとした机があると便利ね。
最小限のものだけで過ごしてきたが、ノアからの贈り物の活躍に感謝する。だから必死に名前を書くシャーリィの横にいるノアへ、声を出さずに目線と口だけを動かす。
『机、ありがとう』
『どういたしまして』
ふふっと笑い合う。こんなに穏やかな時間が流れていることに幸せを感じる。
「できました!」
「上手ね! でもこれは、勇気を出したシャーリィちゃんだけの特別なの。だからね、他の人には内緒ね?」
「うん! ないしょ!」
シャーリィは口の前に人差し指を立てる。秘密を守るように、とても小さな声で応える。けれど嬉しいようで、にっこり微笑んでくれた。
撫でくり回したい。
自分の欲望に流されそうになるのをぐっと堪え、約束の紙を鞄へしまわせる。リラも一枚受け取り、チェストへ保管する。
そして、席についた。
「それじゃ始めるね。明日の天気って、明日一日何が起こるか視たらいいのかな?」
「えっと、おてんきがわかればいいです!」
「人生のお天気ってこと?」
「じんせい? あめがふるかしりたいんです! あくまのめさんならちゃんとわかるって、ききました!」
この子、本当に天気だけを知りに来たのね!
まさかの事実に震える。可愛すぎて。ノアなんて無言。でもさっきから伊達眼鏡を外している辺り、この光景を目に焼き付けたいのがわかる。
「じゃあ、明日のシャーリィちゃんを通して、雨が降るか視てみるね。あと、今から出すお水が鏡になるんだけど、それに触っちゃだめよ。それと、私が終わったよって言うまで、お水を見ててくれるかな?」
「はい!」
元気いっぱいのシャーリィに微笑みっぱなしだが、水鏡を準備して愕然とする。
位置が高すぎる!
机があるのでその上に水鏡がある状態だ。これだとシャーリィの背が足りない。立ってもらってもいいが、疲れるだろう。
だから机をどかし、水鏡の位置を調整しようとすれば、ノアが立ち上がった。
「僕の出番だね!」
いったい何をする気なのか。そう思いノアを見上げるも、彼は嬉しそうに微笑み返してくるのみだった。
ずるい。
今、シャーリィはノアの膝の上にいる。しかも「ちゃんと大人しく座れて偉いね」と言いながら、頭を撫でている。シャーリィは嬉しいようで、にこにこしながら身を任せている。
リラもやりたい。でもそうしたら占えない。誰か代わりに占ってほしい。だが、頼られたのは自分だ。
だから無理やり気持ちを切り替え、集中する。
シャーリィちゃんの初めてのお使いの様子、全てを。
「
水鏡が揺れたことに、シャーリィが「わぁっ!」と言っている。可愛い。この子に明日の様子は見せなくていいと判断し、輝く未来の欠片が動く様子だけを映し出す。これで楽しんでくれるといいのだが。
『いってきます!』
『行ってらっしゃい! 周りをよく見て、わからなくなったらお店の人に道を聞きなさいね! あと――』
『だいじょうぶ! ママはねてて!』
『そうだな。シャーリィなら大丈夫だ。本当に困ったら、鞄の中にある魔法石でパパを呼ぶんだよ?』
『だいじょうぶだもん! いってきまーす!』
シャーリィのお母さん、かなりお腹が大きいわね。
新しい命が宿っているのね。
微笑ましい家族の光景に、リラの口元が緩む。天気は晴れ。けれど、シャーリィの進む道に水溜りがある。
今日の夜にでも雨が降るのかしら?
天気がずれたことに喜びながらも、きょろきょろしながら歩くシャーリィを目で追う。
今年も賑やかね。
花祭りの開催に伴い、町中を鮮やかな花が飾っている。今だけの料理や特別な花の販売もあり、活気にあふれている。
ここが王都だからという理由もあるのだろうが、映し出されるみんなの笑顔は変わらない。
『あのっ! すみません! このおはなください!』
『おや? シャーリィはお目が高いね! いくつ欲しいんだい?』
『ひとつ!』
『はいよ! 五百ベルになるよ!』
偉いわ。
とっても賢いのね。
まるで自分が母にでもなったように、心の中で明日のシャーリィを褒める。
「このキラキラ、きれいだね!」
「リラの力だからここまで綺麗なんだよ」
今のシャーリィの弾む声に、ノアの意味のわからない説明が聞こえ、思わず占いを中断しそうになった。
シャーリィちゃんにまで変なこと言わないでほしいんだけど。
そう思いながらも、続きを眺める。
『この願いの花の染め方は知ってるかい?』
『しってる! いまから7つのいろをかいにいくんだ!』
『それならね、ここから見えるパン屋があるだろ? それを右に曲がると染め屋があるから、そこに行きな。安く売ってくれるからね』
『はい! あの……、みぎって、こっち?』
『そうだよ! 合ってるから行っておいで!』
わざわざ体を右へ向けて確認するシャーリィが可愛すぎて、悶えそうになる。花屋の女性も微笑みながらシャーリィの頭を撫で、見送っていた。
この様子なら大丈夫そうね。
シャーリィが家に帰るまでの天気は視るつもりだが、純粋に見守るのが楽しくもある。
そして願いの花とは、奇跡の花を求める者が生み出したものである。
奇跡の花は見付け出した者の想いの強さに反応して、透明だった花弁が虹色に染まる。すると、願いが叶うのだ。
幻の植物と言われているので、実物があるのか定かではない。昔の書物に記録はあるものの、それだけしか手がかりはない。
だから、似た花を生み出した者がいた。
願いの花は見た目は同じ。けれど、染めるのは染料でだ。しかも一度きり。染め直しはできない。
それを押し花のしおりにして持っておくと、良いことがあると信じられている。
これも花祭り名物のひとつだ。
『量はこれぐらいでいいね。水に溶いて筆で塗る。難しければ指でやるといい』
『ありがとうございます!』
七色の花の粉も無事購入し、シャーリィが動き出す。そのまま、すぐ近くにある雑貨屋へ入っていった。ここで、しおりにするための道具を揃えるようだ。
このお金全部が、シャーリィちゃんのお小遣いみたいね。
普通はこの時用にお金を渡されるはずだけど……。
リラがそう考えた時、ターニャの声と笑顔が浮かんだ。
『じゃーん! わたし、このひのためにおこづかいのこしておいたの!』
きっと、自分のお金で買いたいほど大切なものなのね。
シャーリィちゃんには特別な願いがあるんだわ。
ターニャが欲しかった花は高すぎて買えなかった。けれど彼女も願いがあった。
誰かが迷子になった時、見つけ出せる花がある。それを、三人分買おうとしていたのだ。
それぐらい、昔はやんちゃをしていたなと、懐かしさが込み上げる。
あっ!!
しかし、全ての買い物を終えたであろうシャーリィが駆け出し、水鏡の中で盛大に転んだ。それにリラは動揺しながらも、行方を見守った。
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