第10話 シャーリィ①
とりあえず、ノアが持ってきてくれた果物を与え、女の子の恐怖を取り払う作戦に出る。
その間にリラとノアも食事を終わらせた。幸いリラの身体に異変はなく、その事実に二人で安堵する。
私は無害よ。無害。ほらほら。
リラは笑顔を作り続け、ノアの横に座る女の子を見守る。
たまに、悪魔の力は恐ろしいものだから関わってはいけないと教わっている子供もいる。奪うのが悪魔の力だという意味もあるが、危険な力を扱うからという意味も含まれているのだろう。
あとは、悪いことをすると悪魔に食べられるという、教訓のように使われることもある。これは、自分の欲望に飲み込まれるという意味では合っている。
子供からすれば、悪魔の力を宿した者に食べられると解釈している子がほとんどだが。
怯えながらもリラの店を訪ねてきた小さなお客様を観察し続ければ、彼女の瞳がこちらを見た。
「あの、あたし、わるいこと、してますか?」
「それが占う理由なの?」
「ちがいます! ただ、わるいこなら、たっ、たべっ、られるかもって!! それにここはものすごーくたかいから、はいっちゃいけないって、ママがいってます!」
あぁ、やっぱり。
それに子供からしたら、何のお店か気になるもんね。
でも、金額は相場通り。子供のお小遣いからすれば高いし、必要ないからそう言い聞かせているのね。
それでもここへ来たのは、やっぱり私のお客様だわ。
十三歳で成人を迎え、学校を卒業した後、約二年間は望んだ職種の場で経験を積む。それは、神と悪魔の力を持つ者も同じだ。
そこで得たものが、今のリラの考えを作っている。
『何度も言ってるけどね、お客は選べる。リラがどんなお客を選ぶかは、リラ次第。頑張んなよ』
師匠の言葉を思い浮かべる。
だからリラは選んだ。
ここを訪れる者は、自分の未来を決める強さを持つ人。
本当に、リラの力が必要な人。
だからこそ、国を通して限られた者にだけ使う悪魔の目は家族に任せ、リラは世間の相場に合わせた金額で占う。
自分の力が少しでも動くきっかけになればと、願いを込めて。
そしてターニャの消えてしまった原因、呪いの始まりを見つけるため、リラは町中での占術師を選択した。
過去も未来も、呪いは視えない。いつの間にか、異変を感じるのだ。
しかし、始まる瞬間なら視えるかもしれないと、僅かな可能性に賭けている。
けれど、誰の心も複雑で、自分自身でも気付かない想いを抱いてしまうこともある。リラも同じだ。だからそれに反応するお客様もいるだろう。
そういう場合は厄介になる。この前のエイミーがそうかもしれない。でも未来が変わったのは、彼女が本当に望む道に進めたと思いたい。
つい考えに耽ってしまったが、ノアが対応してくれたので意識が戻る。
「ここにいるのは怖くない悪魔の目だから大丈夫だよ。神の力を持つ僕が保証するからね。でもそこまで怖いのに、どうしてここへ来たのかな?」
とても優しい大人の眼差しを向けるノアに、こんな顔もできるのかと、どきりとする。いつもこうなら異性として意識して見るのかもなと、意外な考えに自分でも驚く。
やっぱりまだ本調子じゃないのかも。
リラは額に手を当て、軽く頭を振る。ノアをそういう括りで見たくない。彼とは変わらず、幼なじみでいたいから。
そんな弱気を抱くのは、まだ心が回復していないからだろう。早く普段に戻らねばと、リラは今の会話に集中する。
「それは……、あっ!!」
目を見開き、慌てて女の子が立ち上がる。
「あたしのなまえはシャーリィです! いま5さいです! ことし6さいになります!」
元気いっぱいに答える姿が、ターニャと重なる。
三つ編みではなく、肩で切り揃えられた髪は焼き菓子色の茶でもなくて、小麦色。
目は赤橙色ではなく、灰色に近い緑。
でも雰囲気がターニャと似ていて、頬が緩む。
すると、シャーリィが続けて声を出した。
「あたし、はじめてのおつかいを、ぜっっったいにせいこうさせたいんです!!」
きゅん!
何これ、可愛すぎる。
ターニャと似ているという理由抜きで、希望の塊に愛おしさがあふれる。子供とはこんなに可愛らしいものなのかと、胸の高鳴りが止まらない。
たぶんノアもだろう。頬を染めて心臓辺りを押さえている。彼の場合は異性なので、変質者に思われないか心配だ。
そして初めてのお使いとは、学校に通う前の通過儀礼のようなもの。親と長い時間離れ、新しい環境で過ごす前に自信をつけさせるために行われるのだ。
リラもノアも、そしてターニャも、三人で一緒に挑んだ。
大人になって知ったのは、近所の人が知っていたこと。そして、店の者にも話が通っており、みんなで見守る催し事と化している事実だった。
けれどシャーリィの様子から、この子は一人で挑戦するのだなと、リラの中で応援する気持ちが膨れ上がる。
そんな小さな勇者の口が、ゆっくりと開かれた。
「だから、あしたのてんきがしりたいんです。でもこれってズルですよね? だから、たべちゃいますか……?」
さっきまでの元気の良さは消え去り、大きな瞳に涙がたまっていく。
その瞬間、リラの体は勝手に動いていた。
「食べるわけないじゃない! いくらでも占ってあげる!!」
駆け寄り抱きしめる。
こんなに柔らかくて細くて小さい。けれども、愛されるためだけに存在しているシャーリィの温もりから生命の力強さを感じて、リラは思わず感動で泣きそうになった。
「あっ……、ありがとう、おねえちゃん!」
腕の中から元気いっぱいに返事をされ、喜びで輝く大きな目が見え、リラは抱きしめる腕に力を入れた。
しかし、「可愛すぎる……!」とノアの声が聞こえ、そちらを見やる。すると、口元を押さえた彼が微かに震えているのがわかった。
だから、自分たちは同時にシャーリィに落ちたなと、確信した。
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