万華鏡《カレイドスコープ》は曇らない〜悪魔の目は運命を視る〜

ソラノ ヒナ

第1話 教科書『神と悪魔の力を得た英雄たちの今昔』

 昔、わたしたちの住む星・ジェライシスは、破壊神・デトルイータによって、終わりを迎えようとしていました。

 けれど、この世界を創り出した神々や悪魔たちは、現実の世界に直接の干渉が出来ない、決まりがあったそうです。


 しかし、このままでは、自分たちの子が全て消されてしまう。


 その考えに至った神々と悪魔たちは、対抗する手段を、自分たちの力を受け入れられる、適正のある者へ与えました。


 結果、彼らは世界を守り、英雄と呼ばれるようになりました。


 この時、英雄たちに起こった変化は、今でも変わることなく、受け継がれています。 


 神の力を得た者は、純白の髪と、明るく輝く色の瞳を。

 悪魔の力を得た者は、漆黒の髪と、暗く深い色の瞳を。


 しかし、破壊神は最期に、呪いを残していきました。


『我を打ち取った褒美として、ジェライシスに生きる全ての者に、祝福を与える』


 この瞬間から、わたしたちは今でも英雄の子孫と共に、『破壊神の呪い』と戦い続けています。


 それらは突然現れる、不治の病と言われるもの。

 治療法は見つかったものもあれば、見つからないものもあります。


 だからこそ、英雄の子孫たちは、呪いで体が不自由になっていく者を救うべく、動き続けているのです。


 このように、現在の平和は、今昔の英雄たちによって保たれています。


 ***


 リラ・カイアノスの使い古された児童用の教科書には、涙の跡がいくつもある。

 けれど大切な思い出だけは、綺麗なままだ。


『破壊神が来たからこそ同族や他種族との争いがなくなったって、皮肉だと思わない? それにさ、平和は平和でも、破壊神が連れて来たって言われてる魔物はまだいるし、今の平和に慣れきっていいと思う?』


 授業が退屈になったリラが、幼なじみの二人へ向けて書いた言葉。我ながらふてぶてしいなと、今だから笑える。

 こうして教科書を筆談の道具にした昔の自分への返事は、ちゃんと書かれている。


『ずっと平和だって思ってもらえるように、僕たちがいるんでしょ?』


 神の力を持つノア・プトラシオンは昔から気弱で泣き虫なくせに、自分の意思を貫く強さもある男だ。


『そうだよ! わたしにはなーんにもないから、何かあったら二人を頼るんだから!』


 普通の子のターニャ。それでも魔法は使えたし、自然を愛する心優しい子だった。


『任せて! 私がターニャの未来に異変がないか、しっかり視るから!』

『僕は治すだけだから、出番なんてないといいな』

『いてくれるだけで頼もしいよ! それにね、悪魔の目と神の手が幼なじみなんて、それだけでわたし、一生分の運を使った気分!』


 ターニャ、ごめんなさい。


 涙を止めることはできても、胸の痛みが消えることはない。

 けれど部屋の中が明るさを増し、現実へ引き戻される。


「行かなきゃ」


 悪魔の目を持つ占術師を、今日も幼なじみである神の手を持つ医師が待っている。

 他にも常連客になってもらわないとターニャに笑われるなと苦笑しながら、教科書を閉じて宝箱へしまう。


『リラ、わたしのこと、ずっと忘れないでね』


 大切な幼なじみの言葉を胸に、玄関にある姿見へ向かう。中に映る自分は、見た目だけは立派な占術師だ。


 忘れない。

 ターニャと生きた日々を。

 ターニャが視せてくれた、万華鏡カレイドスコープの色を。


 決意を宿した暗く深い藍の目が、いつも以上にきつくなる。だから解すように笑ってみたが、努力は無駄に終わった。

 それでも気を取り直して、長い黒髪を手櫛で整える。

 ついでに服装の確認もする。けれど、ありふれた黒のロングワンピースの上から、さらに銀の刺繍を施した黒のローブを着ているため、直すべきところがない。


 最後に、封具ふうぐに触れる。

 銀の首飾りにぶら下がるのは、手のひらほどの大きさの、香水入れに使えそうな小瓶。この中で揺らめく水が、リラだけの水鏡だ。これと自身の目を使い、未来を視る。


「確認よし!」


 身支度を済ませ、靴箱の上に置いてある時残ときのこしへ視線を動かす。

 映像記録の魔法道具から浮かび上がるのは、子供の頃の自分と、笑顔の幼なじみ二人の姿。

 その中で、美味しそうな焼き菓子色の茶に染まる三つ編みを揺らし、赤橙の瞳をこれでもかと細めているのがターニャだ。


「行ってきます!」


 リラも笑顔でターニャへ挨拶をして、黒のショートブーツに足を滑り入れる。

 そして花祭りの準備を進める、甘やかな香りにあふれる町へと歩き出す。


 こうして、リラの大切な幼なじみを連れて行ってしまった季節が、また巡ってきた。

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