第4話 エイミー②
まずは先ほど占いで使用してしまった水鏡の浄化に入る。
「
「えっ?」と驚くエイミーへ、説明を加える。
「先客がいましたよね? 彼を占いましたので、一度浄化しますね。他者の未来の名残りと混じるといけませんので」
エイミーが外で待っていてくれれば、この作業は終わらせていたものだ。だからもちろん、この時間は占いとは別としている。
エイミーはよくわかっていなさそうだが、じっとリラの封具を見つめていた。勝手に蓋が開き、水鏡が小瓶に吸い込まれていくのが面白いのだろう。
「
小瓶を手で包み込み、魔法を唱える。一瞬、指の隙間から黒い光がもれたが、これで作業は終わりだ。
「浄化なのに、白の光じゃないんですか?」
「悪魔の力を持つ者が封具の浄化をする時にだけ、黒の光になるんです。理由は、悪魔の力だとしか言えないのですが」
首を傾げたエイミーが、ぽつりと呟く。
それに対し、リラは知り得たもののみを伝える。それぐらい、この光についてはよくわかっていない。
「それと、水鏡には触れないで下さい。これは私の一部なので、苦痛を感じるんです」
「わかりました」
これは嘘だ。
不快感はあるのだが、痛みはない。神と悪魔の力を持つ者が触れた場合は、何も感じない。
それでも、封具は本来の力を抑える生命線。解除して力を使用した場合、命を消費する恐れがある。
だから、『触れてはいけないもの』としている。
けれどこのように言っておけば、普通なら触れようと思わないだろう。
「説明が長くなりましたね。お待たせしました。それでは始めましょう。
文字盤の浮かび上がる六芒星へ視線を向け、三十分後に終了の鈴の音が鳴るように魔法を掛ける。
「
続いて水鏡を用意し、エイミーと目を合わせる。彼女はなぜか、恍惚とした表情を浮かべていた。
「それでは、私が終わったと言うまで、その水鏡を覗いたままでいて下さい。もちろん、触れないようにお願いします」
「はい。わかりました」
感情の起伏が激しそうだけど、彼女が望む未来が見えるといいわね。
望まない未来を受け入れない人は多い。それは当たり前なのだが、エイミーの場合はどのような行動に出るのか予想がつかず、暴言を吐かれるぐらいの覚悟はしておく。
「
水鏡に波紋が広がる。その中で、未来の欠片が映像を作り続ける。
リラへの暴言。
知人と思われる男性とのいざこざ。
そして、血。
これは……。
まさかの映像に息を呑む。
エイミーがここに来た結果、最悪の事態が訪れようとしている。けれど、今ならまだ変えられるかもしれない。
だからリラは慎重に言葉を選ぶ。
「終わりました。明日は、嵐です。それも、全てを奪うほどの」
「あのっ、お天気ではなくて、どうなりましたか?」
なんで笑ってるの?
ぞわりと、鳥肌が立つ。最初の穏やかな印象は消え失せ、エイミーが得体の知れない魔物に見えた。
下手に刺激しない方がいい。
だから、時間を稼ぐしかない。
悪魔の力を持つとはいえど、リラの力は戦いには不向きだ。悪魔の手や心臓なら話は別だが。
魔法も使えるが、大した事はできない。なのでもし、目の前のエイミーの方が魔法の才があった場合、簡単に倒されてしまう。
しかも先ほど視た未来で、エイミーはすでに犯罪を犯しているのがわかった。だから座り直すふりをして、椅子の裏側にある小さな魔法石を押し込む。これで、治安部隊への通報は完了だ。
本当なら封具を通して、同世代の神の足を呼びたい。しかし、呑んだくれて寝ている可能性が高いので頼れない。
「占った方への干渉は控えているのですが……」
しまった!
エイミーの雰囲気が、先ほど見た未来の顔と重なる。
彼女は自分の質問の答え以外興味がないとわかっていたはずなのに。いくら動揺していたとはいえ、これはリラの失態だ。
けれど、血走った目をしたエイミーと対峙し、腹を括る。
「あの、エイミーさんが、お知り合いの男性と口論になっていまして……」
「大丈夫ですから、全部話して下さい!」
言い淀むリラに、エイミーが眩しい笑顔を向けてくる。あんなに青ざめ震えていた彼女が幻だったと思えてくる。
「エイミーさんが、その男性を、刺します」
「………………はぁ?」
不満というよりは、信じられないといった驚きを浮かべたエイミーが、立ち上がった。そして滑り落ちた赤の膝掛けが、血溜まりのように床へ広がる。
そのタイミングで、リラは水鏡を封印する。万が一触れて何かあれば、彼女の口から真実が聞けなくなってしまう。
それを、エイミーは無言で眺めている。いっそこの時間が永遠に続いてほしい。
けれど、時は動く。そして、エイミーもこちらへ向かってきた。
何があっても、ノアがいる。
死ななきゃ治してもらえる。ノアが幼なじみで良かったと、心が落ち着いてくる。
だから逃げずに、エイミーの到着を待った。
「悪魔の目って、見間違い、とか、あるの?」
壊れたような言い方が恐ろしいが、リラは平然を装う。
「一番可能性の高い未来をお伝えするので、他の未来に辿り着く場合もあります」
「そうなのね! じゃあもう一度見てほしいの。私が刺される未来を!」
狂ってる。
それをリラに視せてどうしたいのか。
しかもまだ起こっていない未来。なので、裁くことはできない。
でも、止めなきゃ。
人が人を殺すなんて悲しいことは、絶対に!
目を閉じ、息を吐く。
エイミーは最初から、リラに知られることを恐れていない。占いで、自分が決めた未来を後押ししてほしいだけ。
その後に、リラの命を奪う可能性がある。
先ほど視えたものの中で、エイミーがリラへの暴言を叫び、『ちゃんと見えるまで痛めつけてやったのに! 動かなくなったから未来が狂ったの!?』と言っていたので、その手段を彼女は持っているのだ。
「では、お掛け下さい。占い直します」
「ありがとうございます!」
先ほどの甘ったるい香りが、鼻を突く。
けれどリラは意を決して、目を開けた。
すると視界いっぱいに、エイミーの歪んだ笑みが広がった。
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