第5話 エイミー③
エイミーが座り直したと同時に、リラは水鏡を用意する。
そして、ゆっくりと言葉を発した。
「エイミーさんが望む未来が視えるまで、占い続けます。少々疲れを感じるかもしれませんが、お付き合いいただけますか?」
「もちろんです! 未来を確定できたら、私がやったことは間違いじゃないって思えるので!」
もう笑えないので、微笑まない。だから、真剣な顔で挑む。これで時間は稼げる。
けれど今の段階で捕まえても、そこまで重い罪にはならないかもしれない。
そうすればすぐに解放され、明日でなくともあの未来が実現してしまうだろう。
だからそれを変えるきっかけを探るべく、集中する。
彼女は願いを何としてでも叶えたいのはわかった。
でも、見る勇気はない。
その理由がわかれば、止められるかもしれない。
「
治安部隊が到着するまでが勝負。
そう自身に言い聞かせ、リラはエイミーの未来を視る。
今のままだと、明日は変わらないのね。
まず、先ほどの出来事を確認する。男性と争う理由に、エイミーの罪の告白があったからだ。
『今日に合わせて、あなたの大切な人を私が消してあげたの! 殺したいほど憎くなったでしょ? 私ね、これからの私たちのためなら何だってできるの!』
『お前の気持ちは知ってたけど、いつかわかってもらえるって思ってた。俺が結婚するの、そんなに許せないことだったのか!? だったら俺にやればよかっただろっ!!』
明日に合わせてなら、今からの出来事を視るしかない。でも、ここに訪れた時のエイミーの様子はかなりおかしいものだった。
だからもう、終わらせた後かもしれない。
どうか、間に合って!
強く念じながら、エイミーの今日の罪についてを覗く。
悪魔の目は未来しか視えない。神の目なら過去が視える。
けれど、リラはリラに出来ることをやるまでだ。
エイミーは乱れた髪を整えながら、町中を歩いている。
しかしいきなり、民家へ向かって走り出した。
そして、その庭にいる線が細い女性へ声をかけた。
『さっきの花の蜜、どうかしら?』
『体がすごく楽よ! この時期、いつも喉が腫れて困っていたから』
『それならよかった。あとさっきも言ったけど、これから少しだけ熱が上がるかもしれない。だから、辛くなったら眠ってね』
わざわざ確認しに行ったのね。
でも花の蜜って?
毒を混ぜた、とか?
やはり青ざめていたのは、実行後だったから。けれどエイミーが喋り続けるので、目を凝らす。
『本当に貴重なものだから、他の人には内緒ね。花祭りの時期で、しかも私は花屋だからもらえたの。ささやかだけど、贈り物として間に合ってよかった。さっきの量で明日の夕方まで効果が続くって。だから、結婚式を思う存分楽しんでね』
この段階では、飲んでしまった女性の見た目に異変はない。
しかし、毒は専門外だ。それがわかるであろうノアを思い浮かべ、封具へ触れる。
毒の詳細をすぐに伝えられるように。
『本当にありがとう。わたしね、あなたには恨まれて当然だと思っているのよ。わたしの療養も兼ねて、遠い土地に行く。けれどそれは、仲の良い幼なじみを引き離す――』
『大丈夫。私たちが離れるなんてことはないの。生まれた日も一緒で、距離なんて関係ない。だから心配しないで、行ってらっしゃい』
「今、何が見えていますか?」
思った以上に身体が跳ねた。けれど、エイミーは水鏡を覗いたまま声をかけてきたので、気付かれてはいないはず。
しかし汗は吹き出し、手の中の封具がぬめる。
それでも、思考は止めない。
「幼なじみ、なんですね」
リラはかろうじて、声を出せた。
しかしエイミーが顔を上げ、魔法は解かれた。
ただ、会話を続ける。それだけ。
大きく見開かれたエイミーの目に臆することなく、封具を握りしめる。
「私にも、幼なじみがいるので。先ほどの先客がそうなんです」
「そうなの? 彼とは恋人?」
きっとエイミーは痺れを切らして動くはず。けれど思いのほか、彼女はリラの言葉に対して反応してくる。
だから、名前を呼べた。
「ノアとは、その……」
ここではっきりと、そんな感情を伴う相手ではないと言ったら、話は終わってしまう。
エイミーはきっと、共通点を探している。そんな彼女の気持ちを逆手に取り、誤解されるように仕向ける。
その間に、封具がほんのり熱を帯びた。
「あの、エイミーさんの占いをしているのにとても申し訳ないのですが、少しだけ私の話を聞いてもらえますか?」
ノア、気付いて!
ノアが応答する前に、自身の状況を伝える。それでもノアが話し出したら、何が何でもエイミーをこの場に留める努力をするのみ。逃してしまったら毒の詳細も聞けない。
『……』
ありがとう!!
しかし、さすがは幼なじみ。リラの言葉の意味に気付いてくれたようで、微かな息遣いだけが聞こえた。
「幼なじみと結ばれないのは、自分が引き裂かれるような痛みを感じるでしょうね」
「リラさんも?」
「私の場合は、少し違いますが……」
含みのある言い方でやり過ごすが、エイミーは見た目と違い気が短い。だから、本題へ入る。
「でも、幼なじみと物理的な距離まで離れてしまうのが辛くて、行動に出たのですね?」
「いえ、違います」
真顔で話すエイミーが怖い。けれど、彼女自身の話になっているからか、占いを急かしてはこない。
「私たちの関係を、より強固なものにするためにです」
またも、何も見えてはないような恍惚な表現を浮かべれば、エイミーの口が早く動き出す。
「夫婦なんて形式上の繋がりです。いつか必ず終わるじゃないですか。だから今だけは譲ってあげたんです。私は優しいので、彼らの子供の遊びのような愛が身を結ぶまで付き合ってあげた」
堰き止められていた水が一気に流れ出すように、エイミーは焦点の合わない目で微笑みながら喋り続ける。誰にも言えなかった話をようやく話せたのだろう。それだけ、彼女の心の傷は開いたままなのが伝わる。
だからリラは目を見て頷き、聞き役に徹した。
ここに、エイミーを止める情報があると信じて。
「でもそろそろ返してもらおうって。私の愛が完成したから、彼らの最高に幸せな瞬間に合わせてあげた」
「愛が完成とは?」
「体の悪いところがすぐに治る花の蜜。彼の相手は身体が弱くて。だから感謝されるはず。ありがとうって」
そんな奇跡のようなもの、あるわけがない。治癒を施す者ですら扱えない力だ。もし仮にそのような薬があるのなら、代償は計り知れないだろう。今回の場合が命であるように。
この会話はノアにも聞こえている。だから解毒剤は彼に任せるしかない。
「エイミーさんは幼なじみの男性を深く愛しているのですね」
「わかってもらえましたか?」
「えぇ。その花の蜜も、その効果にも、とても興味がわきました。今回のお代はいりませんので、その蜜を少しだけ、分けてもらえませんか? もちろん、相応の金額をお支払いします」
きっと彼女は持っているはず。
愛が完成なんて言うほど、思い入れのあるものだから。
ノアを巻き込んでしまった形になったが、現物があればなお力になれるだろう。明日まで時間があるといえ、早く助けたい。
けれどエイミーは、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「私が刺される未来が見えたら、差し上げますよ。だから早く占って下さい」
だめか。
でもそれなら、一か八か。
「疑うわけではないのですが、そのような素晴らしい効果があるものを、どうして一般人のエイミーさんがお持ちなのですか? まずはその効果を実際に見てみたいのですか」
わざと刺激するような言葉を選択する。
その毒を出してもらえるように。
飲むように言われても、明日まで時間があるとわかっているので口にもできる。
もっと望ましいのは、エイミーが飲ませた相手の所まで、リラを連れて行ってくれることだが。
どんな返答が飛び出すかわからないが、一気に顔を赤くしたエイミーへ動揺を悟られないように、リラは真っ直ぐ彼女を見つめ続けた。
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