第6話 エイミー④

「私の愛を、疑うの?」


 エイミーの声が、地を這うような低さに変わる。

 どんな気持ちで毒を完成させたのかなんて、知りようがない。

 だからといって、それを使って他者を傷付けていい理由にはならない。


「疑ってはいません。私の幼なじみは神の手で医師です。その力を超えるものがあることが、信じられないのです。だから、どのような色をしているのか、匂いはあるのか、経過はどうなるのか、気になって仕方ないのです」


 ここで少しでも怯えを見せれば、エイミーの狂気が膨れ上がるだろう。だからリラは、人間同士の話し合いを望む態度を示し続ける。

 それが伝わってくれたのか、エイミーの声が元に戻った。


「身近に詳しい人がいたら、気になりますよね。でも大丈夫ですよ。私は花屋なので。だから特別な花を扱えるんです。この花の蜜は私が配合して、実験済みなので。試したのは人じゃないですけどね」


 他の生き物で試したのね。


 その事実に、怒りで震えそうになる。

 しかしエイミーの視線は別のものへと向けられているので、気付かれない。

 そんな彼女は腰に固定してある小さな鞄から、細長い透明の薬瓶を取り出していた。

 一気に甘ったるい香りが広がり、リラは顔をしかめそうになった。


 この匂い、花の蜜だったのね。

 でも、蓋がついていない?


 薬瓶の底に残る花の蜜はごく僅かに見えるが、こぼれないか心配になるのが普通だろう。保管方法が特別なのだろうか? と悩みながらも、液体を吸い上げる棒をかき混ぜるエイミーへ、声をかけた。


「透明で水のように見えるのに、ものすごく甘くて美味しそうな香りがしますね」

「とてもさらさらしているんですよ。あとこの香りが人気なんです。癒しに繋がるって。実際は、捕食する相手を誘き寄せる花の香りですけど」

「他に、何を混ぜているんですか?」

「死体を消せてしまえる効果もつけてあります。だから安心して、リラさんも使って下さい。いるんでしょう? 邪魔な人が」


 死体を消すって、あの花しかないはずだけど……。

 でも、それを生きている人に使って効果なんてあるのかしら?

 いや、ここからは私が考えるべきことじゃない。

 これでノアも予測しやすくなったはず。


 次に聞き出すのは、エイミーにとって邪魔な相手だ。そう意気込んだが、彼女は棒を動かしながら、暗い目をして微笑んだ。


「でも、占ってからで。早くお願いします」


 ここまでか。


 エイミーは自分の願いを叶えたいが、叶わないと最初から気付いていたのだろう。だから未来から目を背け、占いに縋っている。

 でも結局、リラの答えを聞いたからこそ、自分で動く決意をするのだ。


 私の力がこんな風に背中を押すことに繋がるなんて、許さない。


 だからリラも決意する。

 ここでエイミーを止めると。


「わかりました。あともう一度だけ、占います。ですのでその花の蜜はしまっておいて下さい。蓋がないので、こぼれてしまってはもったいないですからね」


 顔に感情を出さないよう、淡々と話す。

 けれどエイミーは気にしていないようで、ずっと棒をかき回している。


「しっかり持っておくので大丈夫です。こうして混ぜた方が効果が出るんですよ。だからリラさんは早く、水鏡を見て下さい」


 これ見よがしに掲げられるが、あれはノアに渡すものだ。これ以上刺激して床にこぼされるわけにはいかない。

 そう思った時、ノアの声が響いた。


『リラ! 水鏡をしまって!!』


 え?


「酷い。女の子の会話を盗み聞きするなんて」


 リラが思わず動きを止めれば、エイミーが薬瓶から棒を引き抜いた。


「でも、手間が省けたわ。どう飲ませようか、ずっと悩んでいたから。ありがとう、リラさん。私、今から彼に会いに行くわ」


 リラがエイミーの言葉の意味を理解した時、ぽたたっと水鏡に透明な蜜が垂れた。

 瞬間、身体が沸騰したように熱くなる。


「な、んで……」

「リラさんの役目は終わりました。結局、自分の力で掴み取るしかないんですよね。所詮、占いは占いですから」


 封具から一度手を離したまではいい。けれどあまりの苦しさに胸元をかき掴んだ時に再度封具へ触れてしまい、ノアとの通信は途切れた。

 そして、毒の効果はすぐに現れないはずなのに、変化が身体を駆け巡る。

 それらに動揺しながらも、水鏡をしまい、浄化してみる。でも効果はない。リラには治癒の力はないから。


 それでも椅子にしがみつき、霞む目を凝らし続ける。

 そして見えたエイミーの表情に、リラは賭けた。


「で、も、ここへ、来たのは、その未来を、止めてほしかった、だけ、ですよね?」


 最初に青ざめていたのは、人の心が残っていたから。

 そして今も泣きそうな顔をしているのは、まだ人間だから。


 そう信じて、リラはエイミーの心に訴えかける。

 異物を吐きたいのに吐けない苦しさを感じながらも、リラは彼女の目を見続ける。 

 

「今、なら、大丈夫。やり、直せます。幼なじみを、こんなに、愛している、エイミーさんなら、大丈夫」

「…………やり直したって、彼は私の元には帰って来ない! 何が大丈夫よ! 会えなくなる辛さなんて、あんたにはわからない!!」


 エイミーの瞳が揺らいだ。言葉は届いた。

 でも、事実が受け入れられない。そんな彼女に寄り添いたいが、リラの口からは別の言葉がすべり落ちる。


「永遠に、会えない、幼なじみが、います」

「え……?」


 憑きものが取れたように、エイミーの表情が幼くなった。しかしリラの意識は朦朧とし始め、周りの景色が歪み始める。


「生きて、いれば、会える。やり、直せた、のに」

「リラさん!!」


 力が入らず、椅子から崩れ落ちる。口の中に錆びた味が広がるが、声を出した。


「会い、たい。会って、私は……」


 謝りたい。


「リラ!!」


 作られた暗闇の中で、叶わない願いを意識させるように、甘すぎる香りが強くなる。

 しかし、地響きを感じればリラの耳にノアの声が届く。安堵から心が緩めば、リラの意識は途切れた。

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