第7話 入院決定

 扉を破壊したノアに助けられ、リラは一命をとりとめた。


『ノアと仕事場が近いことに、初めて感謝した』


 リラはノアが勤務する病院に運び込まれ、三日間眠り続けたそうだ。そして目が覚め、開口一番に発したのがこの言葉。

 これにはノアだけでなく、自分の家族まで魂が抜けたように崩れ落ちた。それを無視し、エイミーについて尋ねる。しかし夜遅いからという理由で、詳細は次の日へ持ち越しとなった。


 その代わり家族がえらく心配し、当分ノアと寝起きまで共にする提案をされ、リラは頭を抱えた。

 同時に子供扱いが恥ずかしくなり、みんなを追い出した。元気になるまで会いに来るなと、念を押して。


 でも次の日の朝、ノアは普通にリラの病室を訪ねてきた。


「なんで来たの?」

「面会謝絶にしてあるよ? だから二人っきりだね」

「答えになってないから」


 リラの言葉なんて聞こえていないように、ノアが伊達眼鏡を外しながら椅子へ腰掛ける。


 すっごく怒ってる。


 ノアが素顔で接してくる時は、真剣な話の時。でも今の表情は、目が笑っていないのに微笑んでいるのだ。


「僕は、リラにとってそんなに頼りない?」

「何言ってるの? 今回ノアがいなかったら――」

「神の手や医師とか関係なく、僕は頼れない?」


 そんなことはないと、言ってしまいたい。けれど、リラが今回頼ったのは彼の能力だ。それを見抜かれ、目を逸らす。


「毒の詳細を伝えたいのはわかったよ。僕だって聞き出そうと努力するだろう。でもね、それはリラが命懸けでするものじゃないんだ。ただ助けてって、言ってほしかった」


 温かく大きな手が、リラの両手を包み込む。

 思わず顔を戻せば、ノアの輝く碧の瞳が間近にあった。


「僕はもう、大切な人を失う苦しみは、味わいたくないよ」

「ごめんなさい……」


 まだその苦しみの中にいるのに、私は……。


 ノアが言いたいことはよくわかる。自分が逆の立場なら、自身の無力さと悲しみで殴りかかっていたかもしれない。

 それほどに、命とは大切なものだと学んだはずなのに。今回のリラの行動は軽率だったと、反省する。


「わかってくれたなら、それでいいよ。それに今回は特別な毒を使われたから、リラの回復も遅い。罰として三週間は入院だから」

「三週間!? まだ今月そこまで稼いでないのに!!」


 特別な毒の存在よりも、店の維持費が十分に稼げていないことに焦る。

 一週間は六日。三週間なら十八日だ。ひと月三十日しかないのに、半分以上休まなければならない。その事実に、血の気が引く。


「何? 反省してないの? 四週間にしようか?」

「深く反省しています。ですからノア先生、ご慈悲を!」

「じゃあ三週間ね」


 変わってないじゃない! という言葉を飲み込み、リラは無理やり笑みを作る。今月は貯金を切り崩すしかないと、泣きたくなる。


「それ以上になったら、逃げ出すから」


 リラの言葉に、ノアが満足そうに頷く。

 しかし、彼はすぐ不安げな顔になってしまった。


「昨日さ、エイミーさんがどうなったか教えてほしいって言ってたよね。それを伝えに来たんだけど、聞きたい?」

「聞きたい」


 未来は変わっただろうが、どのように変化したのだろうか。

 それに、英雄の子孫を巻き込んだ事件として扱われると、重罪になることもある。

 だが、他者の言葉を聞くことができたエイミーは、きちんと罪の重さを認められるだろう。だから、刑は正当なものを適用してほしい。

 そう願いを込めて、ノアを見た。


「僕に訴えかけても変わらないよ。むしろ、僕はエイミーさんを一生許さないからね。でもこれは、当事者のリラが決めることだから。今回僕が伝えに来た理由に、それも含まれる。神の目の使用は決定した。王の耳を使用するかは、リラ次第。だから僕の話をしっかり聞いて、よく考えて、返事を聞かせてほしい」


 穏やかな表情で話すノアの気持ちもわかる。きっとリラが何を言っても、彼個人の意見は変えないと決めたのだろう。


 そして神の目は、エイミーに過去を見つめ直させ、歪みの始まりを見つけ、心の傷を癒すため。

 王の耳は、神の耳と悪魔の耳、二人の王のこと。この力だけは特別で、他の種族の頂点に立つ者も持つ力だ。


 神の耳と悪魔の耳の家系で、神と悪魔の声も聞こえる者が王となる。

 通常は、正と負の心の声を聞くだけ。しかし王たちが聞くとなると、刑が重くなる傾向にある。

 それだけ英雄の子孫の立場を守ろうとしているのかもしれないが、リラとしてはそのような押さえつけるやり方に違和感もある。


「わかった。でもノアが私の返事を聞いたら、ノアが伝えに行かなきゃいけなくなるのよ?」

「だからだよ。リラのことだから、僕がやりたかったんだ」

「過保護すぎ」

「今は僕の患者さんでもあるからね。それにさ、返事は王たちにじゃなくて王子たちにだから。気楽なもんだよ」


 使いの者もいただろう。リラの両親でもいいのだ。それでもノアは、神の耳と悪魔の耳に、彼の心の声を聞かせる決断をしてくれたのだ。嘘は許されないとはいえ、抵抗はあるだろう。

 そんなノアの想いが、いつもリラを包んでいる。だから、ノアとの縁は一生切れないと安心しきっている自分が、情けなくなる。


「それじゃなおさら、私はしっかり考えて答えるしかないのね」

「そういうこと。それじゃ順に話していくね」


 そんなリラの心境なんて知らないであろうノアが、見守るような眼差しを向けてきた。


「まず、エイミーさんは新しい毒を完成させてしまったんだよ」

「新しい毒?」

「通常、あの甘い香りの花の蜜自体には、問題はなかったんだ。けれど、試練の季節に咲き続けた神の慈悲と合わせたことによって変異したんだ」


 花のことはよくわからないが、神の慈悲は死者の肉体の固定に使うものだ。しかも、使ったことによって身体が完全な形に戻る。そのあともう一度神の慈悲の蜜を垂らせば、肉体はゆっくりと光の粉となり、消えるのだ。

 そして試練の季節とは、太陽の輝きが強くなる暑い時期だ。


 それらを頭の中で浮かべながら、リラは先を促すように、ノアへ頷く。


「甘い香りは願いを増幅させるものへ。その夢に包まれた者の気力が満ちると、魔力も良質なものへと変わる。その魔力を使い、身体も一時的に正常に戻し、魔力が尽きたら光にもならず消える。それをエイミーさんはたくさんの命を使って生み出した。そして命を奪わなかったとしても、人にも、リラにも使ってしまった」


 間に合ったのね。よかった。

 でも、犠牲になった生き物の命は戻らない。

 だからこそ、生きて罪を償ってほしい。


 力強く言い切るノアの声に、リラの心も決まる。この考えが変わることはない。


「命を犠牲にしてまで生み出すものじゃない。その罪は一生、忘れてほしくない」


 ノアも同じ気持ちだったようで、僅かに微笑まれた。

 でもリラには気になることがあり、言葉を続けた。

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