第8話 罪の重さ
「もしかしてだけど、エイミーさんの様子がおかしくなったのって、その新しい毒のせいもある?」
白で統一された病室内に、リラの静かな声が響く。
それに対し、触れ続けているノアの手がぴくりと反応した。
「よくわかったね。あの香りを吸い込みすぎると、夢と現実の区別がつかなくなるようなんだ。エイミーさんは体臭が変わってしまうほどだったからね。だから毒の治療をしながら、神の目で心の傷を探りつつ、更生させる方向にはなっているんだ」
自身さえも犠牲にした毒は、まさにエイミーの恋を表しているようでやるせなくなる。
「エイミーさんは私が倒れた後、どうなったの?」
「リラを抱き抱えて、『早くこの子を助けて!』って、僕に向かって叫んでいた。治安部隊が到着した時も無抵抗で、『手に入らない彼の人生をめちゃくちゃにしたかった。一生私を忘れずに生きてほしかった』って、理由まで話していたよ」
「そう……」
エイミーは本来、見た目同様、優しい女性だったのかもしれない。それゆえ、本音を隠し続けたのかもしれない。
結果、想いが歪み、後戻りできないところまで来てしまったのかもと想像し、リラは目を伏せる。
しかしここで止まれたのは、エイミーの心の強さでもあると信じたい。
今はそう、願うしかない。
「他に聞きたいことはある?」
「そういえば、あの毒って効果が出るまで時間がかかるはずなの。それなのに私にはすぐに効いた。何か理由があったりする?」
「それはね、空気に多く触れさせることで、効果が出るのを早めることができるんだ。これは通常の神の慈悲も一緒。だからリラに声をかけたんだ」
どうして薬瓶に蓋がないのか。エイミーがずっと棒でかき混ぜ続けたのか、理由がはっきりした。
でもその段階では、ノアには新しい毒の効果がどう出るのかなんてわからなかっただろう。それなのに、彼はさまざまなことを予測し、リラの身を案じてくれた。
その事実に、嬉しさよりも苦しさを感じる。
「ノア、心配かけてごめんね」
「急いだのに、間に合わなくてごめん」
「謝るのは私だけでいいんだけど?」
「リラを守れない自分が不甲斐ないから謝っただけだよ。嫌なら聞き流していいから」
お互い示し合わせたように、目を逸らす。でも触れ合ったままの手が同時に力を入れ、熱がこもる。何だか落ち着かなくなってきた時、ノアの声が聞こえた。
「あとさ、リラはやっぱりベールで顔を隠しなよ。今後、占った人に逆恨みでもされたら、命がいくつあっても足りないよ?」
「ベールなんて邪魔……じゃなくて、私は私の力に責任を持っているの。だから堂々としておくべきでしょ? もし、私の占いの結果が人生を狂わせたと思うなら、またぶつかり直すだけよ」
それが問題なんだと言わんばかりに睨まれるが、今度は目を逸らさずにノアへ伝える。
「たとえ変えられない運命だとしても、未来を決めるのは自分自身なんだから」
ずきりと、リラの心臓が痛む。
この言葉を伝えたい相手はもういない。
けれど、気付かせてくれたターニャへ届くように、リラは想いを込めた。
「リラの気持ちは尊重するよ。だからなおさら、リラはリラを大切にしてほしい」
「うん。わかった。もう無茶しない」
ノアの声が優しく響き、リラも素直な気持ちを伝える。
すると、ノアが真剣な顔になった。
「最後に確認するけど、リラはエイミーさんに、生きて罪を償うことを望んでいるんだよね?」
「死んでしまったらそれで終わり。それにみんな、いつかは終わりが来る。だからその時まで、自分がしでかしたことを忘れないでほしい。でも重すぎる刑は望んでない。だから、王の耳は必要ない」
リラの言葉を聞き終えたノアが立ち上がる。そして、微笑んだ。
「リラならそう言うと思ってた。王の耳はエイミーさんの家族も巻き込むからね。それに英雄の子孫を狙ったものとして裁かれるのも、納得いかないし」
この辺りの価値観が一緒なので、ノアといるのは心地良い。
そんなリラの大切な幼なじみは「さて、行ってくるね」と言い、歩き出す。
「今から行くの?」
「催促されてるんだよね。リラはまだ目覚めたばかりなのにさ。ま、どうせすぐ終わるから心配しないで。王子たちは飽き性だから」
伊達眼鏡を掛け、ノアが困り顔で笑う。
ノアのことが苦手そうなのよね。
どうしてかしら?
王子たちとそこまで話す機会はないが、リラは気遣われている。それはターニャのことがあったから。
なのに、ノアのことは渋い顔をして見ている。
だから別の意味で心配なのだが、ノアを励ますように笑顔で見送った。
***
王宮の一室にいるのに、空気は最悪だ。
「何を聞かせてくるんだ」
「やめろー! リラをそんな風に見るんじゃねー!」
「あはは。むしろ何を勝手に聞いているんですか? あなた方が聞くべきことは聞き終えたんですよね?」
顔を赤らめる神の耳と、頭をかきむしる悪魔の耳へ、ノアは作り笑いを浮かべる。相手は一応王子なので、丁寧な言葉を心掛けておく。
神の耳、テオドール・アンクベリンは自分と同じく、白髪。肩までの長さの髪は、耳より上だけまとめている。
厳しい印象を与える切れ上がった目だが、その色は輝く若葉のような、柔らかい黄緑だ。
悪魔の耳、アラン・ブルクセルはリラと同じく、漆黒の髪。長さは首筋を隠す程度。前髪は長め。
吊り上がり気味の目は、どこか人懐っこさを感じせる。けれど、底の見えない黒の瞳だ。
「リラに関することとはいえ、リラに対しての想いが強すぎる」
「それによー、神の力と悪魔の力を持つ者同士が惹かれ合うっつーのがもんだ――」
テオドールが、アランの口を素早く塞ぐ。
けれどノアは気にせず、続きを話す。
「今時、神と悪魔の力が弱まるから惹かれ合わない。なんて迷信を信じるのは子供ぐらいじゃないでしょうか? 子供ばかりで嫌になりますが」
「リラの気持ちはどこにある?」
「リラは純粋すぎるので、恋がまだわからないだけです」
「お前の本性に気付かないよう、祈っておくわ」
昔、親切心と称して勝手に心の声を聞かれて以来、テオドールとアランの小言は止まらない。だから適当にかわし、ノアは席を立つ。
「もう行くのか?」
「リラは昨日目覚めたばかりですから。毒の影響で身体の回復力も低下しています。魔力はさらにです。なので、これで失礼します」
テオドールも立ち上がるが、ノアは見送りは結構だと伝わるように頭を下げる。
「昔だったら泣いてただけのノアが、立派になったもんだ。リラは今でも変わらないって言ってたが、俺にはそうは見えねぇ。なんでそうしてんだ?」
その理由を知っているにも関わらず、ノアの口から言わせようとするアランの言葉に、顔を上げる。
「僕の女神は優しすぎるので、僕が昔と変わらずにいることで、素直になれるんですよ」
双子でもないのに同じ顔をしたテオドールとアランの顔が面白くて、吹き出す。
そんなノアを、アランが睨む。
「いつか殴られるぞ」
「リラになら、いいですよ」
僕もリラの前では、素直でいられるから。
アランが最初にリラへの望みを知ったのは癪だが、いつかリラへ打ち明けられるその日が来ることを、ノアはずっと願い続けていた。
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