第3話 エイミー①
通常、占術部屋の扉は魔法で施錠している。なので、お客様を見送るのも招き入れるのも、リラの仕事だ。
しかし、出勤前のノアに合わせて営業時間外で占いをしたため、鍵は開けたまま。
そこに、店主がいるかもしれないと期待して、お客様が中まで入ってきたのだろう。だから急いでノアを追い出した。
それほどに、穏やかな印象を与えてくる女性が、顔面蒼白で震えていた。
「目覚めの季節になったとはいえ、朝はまだ冷え込みます。こちらの膝掛けをお使い下さい」
「ご親切にどうも……」
集中力を高めるため、そして、お客様が少しでも冷静になれるように、リラは青系の色で統一している。
しかし、涼しさも同時に感じさせてしまう。なので、温もりを与える赤色の膝掛けを準備してある。四の月も半ばを過ぎたが、まだ必要そうだ。
さっきからいったい何を気にしているのかしら?
縋るように膝掛けを握る女性の視線は忙しない。肩までの長さのふわりとした茶の髪と同色の瞳が、一緒に動き続ける。
年齢は二十代前半だろうか。服装は、膝を隠すぐらいの、広がりを抑えたの薄緑のワンピースだ。
そして先ほどそばにいた時には、鼻に残る甘ったるい香りが漂ってきた。お菓子の匂いのように思えたのだが、今になって気分が悪くなってくる。
そして、理由を尋ねても『大丈夫ですから、早く占って下さい』と言われ、こうして席に通した。
そんな彼女を気持ちを切り替えさせるために、リラは落ち着いた口調を心がけた。
「外にある、注意書きには目を通されましたか?」
「えっ? いえ、あの、少しだけ……」
「少しでも目を通して下さって、ありがとうございます」
普段から気にはなっていたけど、今日何かを決心して飛び込んできた、ってところかしらね。
リラの問いに、視線を外して目を泳がせる女性の姿を見て、見当をつける。
ついさっきの記憶なら、単語だけでも飛び出してきそうだ。けれど、必死に思い出そうとしているのは、昔の記憶を探っているようにも見えた。
だからこそ、間違いは口に出さない選択をし、慎重な性格なのを教えてくれる。
けれど、よく知らない占術師を、確認もなく開店時間前に訪ねてくる。その行動は、心のままに勢いで動ける大胆さも兼ね備えているようにも思えた。
「では、改めてご説明しますね」
ここからはリラに意識を向けてもらうべく、ゆっくりと腰掛け、安心させるように笑みを作る。
女性の目がこちらの動きを追っているのを確認しながら、続きを口にする。
「最初に誰もが知っているお話をさせていただきますが、神の力は与えるもの。悪魔の力は奪うもの。これを忘れないで下さいね」
こくりと頷く姿は、少しばかり女性を幼くさせた。
「遅くなりましたが、私の名前はリラです。あなたの名前を教えていただけますか? もし不都合があれば、愛称か仮名でも。もしくは、答えなくても問題ありません」
名前を知ると、心の壁が薄くなる。呼べばさらにだ。
そうすることで距離を縮めたいが、中にはさまざまな事情を抱えている人もいる。
なのでリラの場合は自身が名乗り、相手には求めない。
今尋ねたのは、女性の注意がこちらに向いていたから。気もそぞろな時に名前の話をして聞き直させれば、距離が縮まるどころか離れてしまう。
「エイミーと、言います」
「ではエイミーさん。最初に確認させて下さい。あなたには、未来を奪われる覚悟はありますか?」
これを毎度言うので、閑古鳥が鳴いている。
けれど、全てはリラが望んだもの。だから、不満はない。日々の生活ができれば、それでいいのだ。
「あの、人生のお天気を占ってくれるんですよね? しかも明日の。それなのに奪うって?」
あら?
彼女はここに何を求めて来たのかしら?
エイミーが読んでいた注意書きは、『明日の人生のお天気を占う』ものだけのようだ。
一番注意を引くはずの『奪う』よりも、エイミーにとっては明日が重要らしい。
また目線が……。
言い切ると同時に、エイミーの視線が動いた。けれど今度は扉の方にのみだ。
外に何かあるの?
明日のことを占うはなずなのに、今を急ぐ。その理由はわからないが、リラは少しだけ声量を上げるように意識して話し出す。
「通常の占いとは、当たるものもあれば当たらないものもあります。けれどその時にしか得られない、背中を押す言葉やきっかけを掴み取れる場でもあります」
「でもここは、悪魔の目の占術師さんがいるから、確定ですよね?」
そうだけどさ。
どうもいらないことを話してしまったようで、エイミーの眉間にしわが寄る。
自分の質問以外の答えは興味がないらしい。
「確定とまでは言えませんが、一番大きな可能性のある未来をお伝えできます。些細な行動で、未来はいくらでも変わりますから。どんなことをしても変わらないのは、運命です。それら伝えることが、奪うことになります」
説明を続けるも、エイミーは不満げな顔をした。きっと、簡単に要点を伝えろと言いたいのだろう。
けれど態度に出して察するように仕向けてくるあたり、他者へ期待しているようだ。
相手がいかに自分の思い通りに動くかを。
「自分で選べた未来を事前に伝えることで、本来の選ぶ力を奪う。結果、その未来に辿り着けないこともあるのです。日常のことなら、なおさら。それでも、明日の人生の天気が知りたいですか?」
リラの目の前に座るのは、お客様。だから極力その要望に応える。
けれど、決定権は相手にある。それを忘れさせないように努めるだけ。
どうやら今の説明で納得できたのか、エイミーの表情が変わった。
「はい。知りたいです。人生のお天気なんて曖昧なものではなく、明日何が起こるのか、知りたいんです」
急に微笑んだエイミーの様子を不思議に思うが、頷く。
「私はそれでも極力奪わない方向で占いをしています。その結果が天気としてお伝えするものですが、不要ということですね。それでは悪魔の目を持つ者として、視えたもの全てをお伝えします。もしくは、エイミーさんも視ますか?」
占いなのになぜ明日まで限定なのかと、問われたこともある。しかしこの縛りがあるからこそ、リラは町中で占術師として店を出せているのだ。
基本、遠い先の未来の全てを視る力は、国のためにしか使ってはいけない。
そして天気になぞらえて伝えるのは、リラなりの配慮だ。
人生なんてものは、雨の日もあれば雪の日もある。けれど、いつだって太陽は存在している。だから『どんな時も晴れ』だと伝えているのだ。
「いえ、結構です。リラさんにだけ見ていただければ、それで十分です」
はっきりしたことを知りたいはずだが、リラに任せる。理由は気になるが、今から占えば答えがわかるだろう。
そう考え、リラは準備に取りかかった。
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