第22話

 気がつくと家の前に着いていた。

 

 動物園で会った笙子と颯太。帰りに健吾からの突然の告白。雪崩のように押し寄せてきた出来事に、押しつぶされて、酸欠になったように上手く頭が回ってくれない。

 とにかく返事は後日にしてもらった。それが精一杯の言葉だった。


 家に入ると、両親の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。玄関には、父親の靴では無いものが揃えられて並んでいた。


 重たい体を引きづりながらリビングへと入った。テーブルに並べられた夕食と、いつもの席に座っている両親。そして靴の客人は颯太だった。あまりの出来事に倒れそうになる。


「真奈美! やっと帰ってきた。颯太さん、真奈美の事を待っていてくれたのよ。でもちょうど夕飯でしょ? 折角だからお父さんとビールを飲んでもらってたの。あなたも早く手を洗ってらっしゃい。みんなで食べましょう」

「いえ。私は少し真奈美さんと話したい事があっただけですから。食事は」

「何を言ってるんですか成海さん。娘も帰って来たことだ。いいじゃないですか」


 父親が、席を立とうとする颯太を止めようとしていた。


「いえ。私も少しこの後、色々と用事があるので」


 父親の制止をやんわりと断って、真奈美のほうに向かってきた。


「ちょっと娘さんをお借りしても?」

「ええ。どうぞどうぞ」


 両親は今までに見たことが無いほどに、上機嫌だった。


「ちょっといいかな?」


 颯太が壁のように立ちはだかった。真奈美は頷いて、部屋へ案内した。


「ごめんね。女の子に部屋に入って」

「いえ。笙子ちゃんの部屋にも入るんじゃないんですか?」


 疲れが苛立ちにかわり、自分でも驚くほど嫌味な言い方だと思った。


「ああ。彼女はまあ……アレなだけだから」


 颯太は床に、真奈美はベッドに座った。


「彼女と一応付き合う事になったよ」

「はい。動物園で聞きましたよ」


 疲れて余裕が無い真奈美に比べ、颯太は笙子と付き合う事になって、本当に嬉しそうに頬を緩ましていた。

 その表情が真奈美をさらに苛立たせた。何より何故、今日、家に来たのか。彼の真意が分からなかった。


「それで、今日は?」

「あ、いや。特に用事って訳でもないんだけどね。敢えて言うなら、彼女に気を遣わないで、今まで通り俺と仲良くして欲しい、かな」

「え?」

「じゃあ帰るよ」

「――」

「また月曜にね」


 颯太はいつもと同じ笑顔で、部屋を出て行った。


 笙子とのデート帰りに真奈美の家に寄り、親とビールを飲んで部屋を訪れた。今まで通りにと言った颯太は何を自分に求めているのか、さっぱり分からなかった。これ以上、疲れた頭では考えられなかった。


 真奈美は好きなバンドの曲を掛けて、ベッドに橫になると、あっという間に寝入ってしまった。


 夜九時頃に目が覚めて、食事も早々に風呂に入った。健吾から急な告白に関しての謝罪と真剣だという内容のメールを受け取り、返信をしてからまたベッドに潜り込んだ。


 翌朝、颯太の見送りをしなかったことを、両親から会社の事もあるのだから、雑に扱うなとくどくど攻められ、いつもより早い時間に家を出た。


 颯太と会うのを避ける為だ。それなのにいつもの道で颯太がいた。そして眩しいほどの笑顔を向けてきた。

 

 彼はいったい何時から自分を待っているのだろうか? 笙子という彼女が出来たのに、なぜ自分を待つのだろうか。さすがに不思議だった。


 そんな気持ちをよそに「おはよう真奈美ちゃん」と言ってくる。


 父親の会社という言葉が過ぎり、真奈美は颯太に挨拶を返した。でも先週までとは違って、どこかぎこちない感じが自分でした。そんなことは気にならないとばかりに、変わらず颯太は話を振ってきた。


「真奈美ちゃん、バンドのイエスは好き?」

「バンドのですよね?」


 イギリスのロックバンドで、入れ代りが多いグループだ。ボーカルも何度か変わっている。


「好きです。でもボーカルはジョンが好きだったので、近年の作品はあまり聴いていないですね。実は昨日、聞きながら寝たんですよ」

「真奈美ちゃんもジョン・アンダーソンが好きだったのか。実は俺も」

「そうなんですね! でも初めて聴いた時は衝撃でした。だって一曲が長いけど、ギターもベース、もちろんヴォーカルもですけど、全てが調和していて一つの世界が出来上がっていて、その中に引きづりこまれてしまう威力って言うんでしょうか? 感動したんですよね。それに私が生まれる前の曲なのに、全くそんな感じがしない。それって凄い事だと思うんですよ」

「確かに。ずっと朽ちることがなく、輝き続ける金って感じだね」

「そうなんです! そうなんですよ」


 ついさっきまで陰鬱としていた気持ちは、初めから存在していなかったように、話に夢中になっていた。


 あっという間に駅に着いてしまい、電車に乗り込んだ時には、いつものように颯太に、甘えるように体を預けていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る