第31話
でも以前にも颯太は、同じような事を言っていたではないか。
でもそれなら笙子はどうして下着を買いに行ったのだろうか。ボーイフレンドという友達であれば、セックスはしていないはずではないか。セックスはしているんですよね? という言葉がこぼれ出しそうになったが、あの大学の部屋で見た事がフラッシュバックのように過った。
颯太は知っていた。だから笙子を彼女だとは思ってない、いや思えないのではいか? でもそれでは真奈美の顔が立たないから、ボーイフレンドということで済ましてくれているのでは。酔っている今なら、聞ける気がした。
「颯太さん」
スッと笑うのを止めた顔が、いつものように穏やかものに戻っていた。
「何?」
一呼吸おいてから、真奈美は話を切り出した。
「颯太さん、笙子ちゃんの秘密、知っているんですか?」
「知ってるよ」
真奈美は驚いた。知っていたという事にではなく、表情を崩すことなく何の問題もないともいうような言い方だったからだ。
怒っているわけでもない。真奈美の気持ちは海に浮かぶブイのように浮き沈みをしているのに、颯太はただ嬉しそうだった。それが少し、気味が悪い。
「俺はね、何でも知ってるんだよ。まあ知らなくちゃいけないから知るんだけどね」
「どういう事ですか?」
「それはね」
真奈美は、颯太の瞳の奥に潜む何かを見ようとするように見つめた。颯太もそんな真奈美の目をジッと見ている。どれくらい二人で見つめ合っていただろうか。
「成海さん、笙子。食事が冷めてしまうわ」
母親の声で、時間が止まったように身動き一つしなかった二人の視線は、無意識に部屋のドアの方に向いていた。
結局、その後リビングへ下りたため、話を止めた颯太から話を聞くことが出来なかった。
初めてのクリスマスが終わった週末、健吾がデートをしようと連絡をくれたので、出かけることになった。セックスをしてから、日に何度もメールと電話をしていたが、大学が休みになったのもあり、妙な緊張感が体を覆っていた。
待ち合わせ場所の駅で降り、健吾に指定された二番出口から上がった。道では人が忙しなく行きかっている。街にクリスマスの雰囲気は跡形もなく、すでに年末年始に向かってラストスパートをかけているようだ。
時計を見ると、もう待ち合わせ時間の十一時を過ぎた。会いたいけどあの日の事を思い出すと恥ずかしくなり、このまま来なくてもいいかもしれないと、気持ちが迷子になっていた。
「真奈美」
迷子になっていた真奈美の背中から健吾の声が聞こえ、体が跳ね上がった。
「ごめん。驚かした?」
「ううん。ちょっと考え事をしていたから」
「そっか。じゃあ行こうか」
「うん」
歩きだそうとした時に真奈美は、両手を温めるように口元を覆った。彼の姿はブラウンのダウンジャケットに、ジーンズをブーツインした格好は、モデルそのものだった。
「健吾、格好いいね」
「そう? 全部安物だよ?」
容姿が整っているというのは、羨ましいことだ。着ている服が、全てどこかのブランド物に見えるのだから。
「ねえ? 真奈美?」
「な?」
「どうして、目を見て話してくれないの?」
動揺した真奈美は、しどろもどろになりながら「そんなことないよ」と言うが、説得力はまったくなかった。
「着いたよ。このビルにある三階のカフェなんだ」
エントランスに入って直ぐにあるエレベーターのボタン押して、中に乗り込んだ。ドアが閉まると同時に、すぐ目の前に健吾の顔があった。そして軽く唇が触れた。
「ごめんね。でも真奈美、僕を見てくれないから……」
「――」
顔が焼けるように熱かった。深く体を交じり合わせるのとはまた違った、心を揺さぶるものがあった。
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