第13話
翌日、約束通り健吾と二人で出かけることになった。
「まずカットを先にした方がいいと思うんだけど……私、いくつか良さそうなところを調べてみたの」
「あ、僕も」
二人同時にメモを出した。
「あ、このCサロン。健吾も書いてるね」
「な、なんか雰囲気がよさそうだったし、近くに大型書店とカフェもあったから」
髪を切るのになぜ、近くにないといけないのか。健吾がそんな真奈美の気持ちを察したのか、
「ぼ、僕が切っている間、真奈美が時間をつぶせる場所があった方がいいと思って」
心が温かくなって、肌を羽で撫でられているような歯がゆさがあった。真奈美は一人の女性として扱われているようなそんな気がしていた。
「ありがとう」
「え? お礼を言うのは僕のほうだけど」
二人は数秒見つめ合ったあと、笑いあった。
目星をつけた店に予約をいれると、すぐにでも大丈夫というので、直ぐに電車で移動することにした。
車内で健吾は写真の話を始めると、饒舌的で表情は輝いていた。真奈美は身振り手振りで話しをしてくれる健吾を見ながら、彼の話をずっと聞いていたと思うようになっていた。
「ご、ごめん。僕、一人で話してるよね」
「ううん。私はすごく楽しい。カメラって持ち歩いてるの?」
「あ、うん」
鞄からレンズの部分が少し大きい、デジタルカメラを取り出した。
「こ、こう見えても一眼レフなんだ」
「一眼レフって、あの写真家が持っている、大きなカメラじゃないの?」
「う、うん。でも今はこいうのもあるんだ。普段持ち歩くときはこのカメラで、休みの日に撮りに行く時は、大きな方を持ち歩いてる。見てみる?」
「いいの?」
「ま、真奈美、ならいいよ」
健吾の言葉を意識しないようにした。意識をしてしまえば何だか恥ずかしくて顔を見れない気がしたからだ。
真奈美は、揺れる車内で健吾に操作を教えてもらい、画像を順に見ていく。嘴を合わせあう鳥の写真、空、花。
「綺麗」
「あ、ありがとう」
健吾は人と接するのは苦手でも、容姿同様に心も澄み切っているから、このような写真が撮れるのではないと真奈美は考えた。
どの写真も優しい光が被写体に降り注いでいる。
「でも、人は写ってないね」
「う、うん。苦手、なんだ」
「苦手?」
「に、苦手というよりか、怖いっていう方が近いかもしれない」
「そっか。残念。健吾に撮ってもらいたいと思ったんだけど……」
「――なら」
健吾の言葉は、電車のアナウンスでかき消され、真奈美には聞こえなかった。
予約した店は直ぐに見つけることができた。
「いらっしゃいませ」
「――」
健吾が言葉に詰まってしまい、真奈美は慌てて口を挟んだ。
「予約した高村です」
「ああ、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
二人は待合のソファへと案内された。テーブルにはファッション雑誌が並べられている。その中にメンズものは二冊しかない。
美容師が奥から男性用のヘアカタログとファッション雑誌を数冊、両手に抱えて戻ってきた。
たわいもない挨拶と、どんな風にしたいのか、イメージはと聞かれ、二人で雑誌を捲った。
健吾と二人の沈黙は心地がいいのに、見ず知らずの相手がいると焦るような気持ちになる。
「こ、こんなのはどう?」
健吾がファッション雑誌のモデルを差した。そのモデルの髪は、今の健吾より少し短いだけであまり変わりがない。
「これ、あまり今と変わらないよ」
「そ、そうかな」
二人のやり取りに我慢できなくなった美容師が、「短い感じがいいですか?」と聞いてきた。二人は目を合わせて頷いた。
「そしたらお任せで切らせていただきますけど」
健吾は少し考えて「そ、それでお願いします」とお辞儀をした。
「あ、あの真奈美、時間を潰してもらっていていいかな?」
「うん。向かいの本屋かカフェにいるから、終わったら電話して」
「わ、わかった」
真奈美は道路を挟んで店の正面にある書店に入って雑誌を購入し、カフェでケーキセットを食べながら二時間ほど過ごした。携帯が鳴り健吾から終わったという連絡が来た。
「も、もう店を出て、道路を渡ってるから」
「わかった」
急いで会計を済ませた真奈美は、店の前で健吾の姿を探した。
「あ、あの」
「はい?」
肩を叩かれて振り返った真奈美の前にいたのは、耳が見えるくらいまで髪が短くなった健吾だった。
「ど、どうかな?」
「――」
「ま、真奈美? やっぱりおかしいよね? お店の人はすごく似合ってるってパーマを少しあててくれたんだけど……」
もともと色が薄い髪に緩いウエーヴは、自然でよく似合っていた。何より顔を隠していた髪が無くなってよく表情が見えた。
「違うの! すごく変わって見違えたの。凄くいいよ! 似合ってる」
「ほ、本当?」
「うん!」
さっきからすれ違う女性たちが、健吾に目を奪われながら歩いていた。
「ま、真奈美が言うなら……いいかな」
「じゃあ次は、服だね! 行こう」
健吾の白い頬が鮮やかな朱になっている。顔を隠すための髪が無くなって恥ずかしいんだろう。
真奈美はそんな初々しい健吾と買い物ができるのが嬉しかった。買い物帰り、真奈美の駅まで送ってくれると提案してくれたが、彼が少し疲れた顔をしていたので断った。
真奈美も疲れていたのか、目の端に強い光を見た気がした。
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