第14話
駅を出ると茜の色の空を泳ぐように飛行機が飛んでいた。ロータリーを歩いていると知っている声に呼び止められた。
「真奈美ちゃん」
「颯太さん。今帰りですか?」
「ああ、営業先から今日はそのまま」
「お疲れ様です」
「ありがとう。真奈美ちゃん、講義が終わるの遅かった?」
「いえ。今日は健吾の買い物に付き合っていたんです」
「健吾? あの美少年?」
「はい。髪を切って見違えるようになりましたよ」
「へえ。そりゃあ大変だね」
「大変?」
真奈美は子供のように首をかしげた。
「大学の女たちが放っておかないんじゃないか。健吾君はあまり人付き合いが上手いほうではないようだったから、大丈夫なのかい?」
健吾の変身ぶりを嬉しく思っていたが、彼自身は心底喜んでいたかは不明だ。歩いている時も、指先でずっと髪を触っていたし、別れ際の事を思い出すと、どことなく顔が翳って見えていた気がしてきた。
電車の中で人が怖いと言っていたのにと、自分はなぜあんなにはしゃいでしまったのだろうかと、自責の念にかられた。
「もしかして、俺のせいだったりするのかな?」
「え?」
「ほら、週末にって笙子ちゃんと約束したんだけど、どうも俺はあの子が苦手でね。それで何人かでならって提案したんだけど……」
「あ、いえ。そういう訳じゃなくて」
言い訳のような言葉が、無意識に肯定してしまっているようだった。
「俺のせいだね。真奈美ちゃんが気を病むことはないよ。まあそれに、健吾君はもう少し社交性を付けるためにも。少し変わった方がいいと思うし」
真奈美が抱いた罪悪感を颯太の物として塗り替えてくれた。やはり安心すると真奈美は思った。
「そうだ。今から一緒にご飯でもどう? 隠れ家的ないい店がこの近くにあるんだけど」
「え? でも」
「遠慮はいらない。美味いよ、そこの料理は」
年上なのに言い方がどこか子供っぽく聞こえてしまい、真奈美は思わず笑ってしまった。
「え? 何? 俺、おかしなこと言ったかな?」
「いえ。なんだか可愛いと思ったんです」
「可愛い? 俺が?」
「ごめんなさい」
「まあいいよ。真奈美ちゃんの言う事なら」
「え?」
「さあ行こう。俺、お腹が空いちゃってさ」
颯太は自然と真奈美の手を取った。恥ずかしくて握り返すことが出来なかった。
連れてこられた店は、白い外壁でできた北洋風の建物だった。住宅街の中にあって、誰も店だとは気付かない造りだ。
玄関に店の看板と手書きのメニューが立てかけられていて、初めてここがフランス料理店だと分るくらいだった。
颯太は手を繋いだまま店のドアを開けた。太くて重い、それでいて心地よい鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
「どうも」
「これは成海様。ようこそ」
「席、空いてるかな?」
「ええ、ちょうど一席空いております。ご案内いたします。お荷物は?」
「いや、俺は大丈夫。彼女のを」
踝くらいまでの黒い腰エプロンをつけたギャルソが案内をしてくれる。店内は十席にも満たないアットホームな作りで、中央が箱庭のようになっていた。針葉樹が一本ライトアップされている。
「こちらの席になります」
ガラス張りの壁の向こう側には木が植えられ、森の中に佇むレストランにいる気分を味合わせてくれた。
「お飲物とメニューになります。お決まりになりましたら、お呼びくださいませ」
ギャルソンは美しい角度の礼をして入口の方へと戻っていく。真奈美はメニューを見ながらコースにするかアラカルトにするか悩んでいて気付いた。
「あの、このメニューには金額が……」
「気にしなくていいよ。美味しそうなものを選んでくれていいから」
「で、でも」
「大丈夫。それとも俺が選ぼうか?」
美味しそうなものと言われ、選んでしまったものが一番高いものだったらと考えながら食べることになってしまう。なんの罰だろうかと思ってしまう。
「真奈美ちゃん、じゃあ二人でコースにしようか?」
二人でという言葉に反応した。コースなら颯太より高額なものを頼むことは無い。
「コースでお願いします」
「メインは魚と肉、どっちにする?」
「お肉で・・・・・・」
颯太が笑った気がして、顔をテーブルに向けた。
颯太が手を軽く上げ、ギャルソンが注文を取りに来てくれた。彼もメインは肉にするようだった。
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