第18話
連れてこられたのは、どう見ても今日みたいなカジュアルな服装に合わない店だった。
中央にプールがあり、その向こうには真珠のような光を放っている夜景が見える。
プールサイドの草木も電飾され、水面に光が反射し幻想的だった。
場違いだと思った。周りは着飾った男女がほとんどで、行楽帰りの真奈美の服装は明らかに浮いていた。でも颯太は、気にする素振りもない。
「成海だけど」
「お待ちしておりました。こちらに」
通された場所は個室だった。でもプールガーデンと夜景、両方を目で楽しめる造りだった。
「この席なら、周りの目は関係ないでしょ?」
「は、はい」
「ごめんね。いきなりこんな所に連れてきて。でも同じ所へ行くのも面白みがないからね」
「いえ。そんなことは全く……それよりよかったんですか?」
「何が?」
「笙子ちゃん」
「――彼女、少し思い込みが激しいところがあるみたいだね。まあでも」
「でも?」
「真奈美ちゃんは俺と彼女に、どうなって欲しい?」
一瞬、喉が詰まった。颯太は追い打ちをかけるように続けてきた。
「俺と彼女、付き合って欲しい?」
二人が付き合えば、こうやって一緒に食事をしたり朝、同じ地域とはいえ肩を並べて歩くことは、笙子をどこか裏切る行為のような気もする。
「わかりません。でも笙子ちゃんは颯太さんの事が好きだし……颯太さんはどうなんですか?」
「俺? 俺は真奈美ちゃんの意見を参考にしようと思ってね」
何を参考にするのか、真奈美には全く分らない。
「お待たせいたしました。飲み物をお持ちいたしました」
ウエーターが持ってきたシャンパンは反射で小金色に輝いて、中では小さな真珠のような気泡が儚く消えていく。
「真奈美ちゃんはジンジャーエールね。とりあえず乾杯をしようか。今日は、お疲れ様」
「お疲れ様でした」
喉に流し込んだ炭酸が、小さく弾けながら下っていく。
「ところで真奈美ちゃん」
颯太は、持っていたグラスを置いた。
「はい」
「携帯まだ、スマホじゃないんだ」
「はい。機械が苦手で……でもそろそろ変え替え時なんで近々、店に行く予定なんですよ」
「そうなんだ。実は俺も機種変更をしようと思ってるから、一緒に行く? それD社だよね?」
「はい。いいんですか?」
「いいよ。俺も替えなくちゃいけなくてね」
同じくテーブルに置かれた颯太の携帯は、すでにスマートフォンだ。
そんな真奈美に気付いたのか「落としてから調子が悪くて」そう言いながら携帯を持つと同時に、振動音が響いた。
「俺のだ」
颯太は画面を確認しただけで、携帯を元の位置に戻した。
「笙子ちゃんからだったよ」
「え?」
小さな罪悪感がよぎった。
多分、今こうして会って食事をしていることを、大学で会った時に笙子に言うことが無いのは、自分でもはっきりとわかっていた。
かといって颯太に対して恋愛感情があるわけでもない。なら何故、自分は笙子にただの先輩だからとは言えないのか分らなかった。
料理がテーブルに並び、いつものように颯太と色々と話しをしたが、真奈美の心の中にいつの間にか姿を現した、正体はわからないままだった。
颯太に家の前まで送られ、直ぐに風呂に入ってベッドで横になろうとした直前、携帯が鳴った。
「健吾?」
「あ、うん。今、大丈夫?」
「うん。どうかした?」
「あ、別に用事って訳じゃなかったんだけど……無事に帰れたかなって思って」
時計はもう十一時近くを指している。健吾と別れてもう五時間以上経っていたが、彼らしいと思えた。
「大丈夫。無事に帰れたし、それに」
「それに?」
「なんでもない。写真、楽しみにしてるね」
「写真、今プリントが終わったところなんだ」
「え? そうなの? 急かしたつもりはなかったのにごめんね」
「僕がしたかっただけだから。謝らないで」
電話で話す健吾は、会っている時よりもどこか自信がある話し方だった。
「どうかした?」
「電話の健吾、いつもと違うと思って」
「そ、そうかな……顔が見えないからかも」
「え? 顔?」
「対面で話すのはやっぱりまだ苦手で……」
「そうなんだ。でも無理しないで、健吾のペースで慣れればいいんじゃないかな」
「ありがとう。あのさ」
「うん?」
「また、遊びに行きたいね」
「そうだね。今度は雄二も誘って」
「――」
「健吾?」
「二人、じゃ駄目かな?」
意志とは関係なく血液の流れが急速に早くなり、それに合わせるように鼓動が慌ただしくなった。
「あ、え? うん」
体からの微振動で、声が振るえているんじゃないかと気になった。
「どこか行きたいところってある?」
「水族館とか?」
「いいよね、水族館」
颯太と話している時にはない緊張感が、新鮮に感じられた。
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