第17話

 結局、園内で笙子たちと会うことは無かった。

 閉演時間も近づき、流石に合流しようと真奈美は笙子に電話を掛けた。


「もしもし笙子ちゃん?」

「真奈美?」

「今どこ?」

「遊園地を出て、H駅のカフェにいるよ」

「え?! もう出てるの?」

「うん。だからそっちはそっちでやってね。じゃあね」

「ちょ、ちょっと! 笙子ちゃん!」


 真奈美の声は、無情にも届かなかった。


「ど、どうかした?」


 健吾が心配そうな声を掛けてきた。目元が少し下がった顔は、見慣れているはずの真奈美でも直視できないほど艶があった。

 もし目を合わせてしまったら、何かが崩れてしまいそうな危ういものがそこには含まれていた。


「笙子ちゃん達、もう出てお茶してるんだって。だからもう解散みたい」

「そ、そうなんだ。じゃあぼ、僕たちはどうする?」


 今日の健吾には驚かされてばかりだった。絶叫系が平気だったことも、途中さりげなく真奈美を誘導してくれたり、少し颯太を連想させるような行動をしていた。

 しかし不器用で颯太とは違った、女性慣れをしていないという同種にも似た安心感があった。


「ま、真奈美?」

「え? あ、うん。じゃあ私たちも帰ろうか」

「え? う、うん」

 

 そのまま駅へと向かった。

 ホームでアナウンスが流れ、背中からは搭乗者が減ったジェットコースターの空しい音が追随して聞こえてくる。

 乗り込んだ車内は、ところどころに空席があった。でも一人分しか空いていない。


「ま、真奈美」


 急に手を掴まれた真奈美は驚いた。


「つ、疲れてるでしょ?」


 空いた一人分のシート。


「でも、自分だけ座るのは」

「だ、大丈夫。僕はそんなに疲れてないから」


 健吾の好意を無碍にもできず、悪いと思いながらも座ることにした。


「健吾。そう言えば写真撮ってた?」

「う、うん。見る?」

「見たい」


 健吾からカメラを受け取り、スライドをしていくと、何枚もの自分の姿が入っていた。

 でも視線はカメラに向けられてはいない。その分、素のままの表情ばかりで、自分はこういう顔をしているんだと改めて知った。


「いつの間に撮ってたの?」

「あ、今だって思った時、かな。ごめん」

「違うの。凄いなあって思って」

「あ、ありがとう。今度プリントしてくるから」

「ありがとう」


 車内にアナウンスが流れた。


「ぼ、僕、次だけど……」

「そっか。じゃあまた授業でね」

「え? あ、うん――じゃあ」

「うん。バイバイ」


 健吾がホームに下り、真奈美は窓を見た。朱い夕日が健吾の顔を染めていた。

あと一駅で着くところで颯太からメールが届いた。


「今、地元の駅にいるから、夕食どう?」


 てっきり笙子といるものだと思っていた真奈美は、笙子ちゃんは? と返してしまった。返信にはお茶をしてから直ぐに別れたとの事だった。

 

 真奈美はもうすぐ駅に着くと返して、扉が開くと同時に改札に向かって走った。颯太を見つけるのはやはり簡単だった。颯太は真奈美に気づき、軽く手を上げていた。


「お待たせしました!」

「走ってきてくれたんだ」

「はい。だって待っていてもらってるんですから」

「何か、いいね」

「え?」

「いや。そういえば健吾くんは?」

「乗り継ぎの駅で別れたんで」

「――そうなんだ。じゃあ行こうか。ちょっとタクシーに乗ることになるけど」

「え?」


 そのままロータリーに停まっているタクシーへ乗り込み、颯太が運転手に行き先を告げる。


「青山ですか?」

「そう。いいところだから、きっと気に入ると思うよ」


 地元から青山までかなり距離がある。どんどん上がるタクシーのメーターから目が離せないでいた。


「大丈夫だよ。女の子に財布を出させるつもりはないから」

「え? いえ。でもそれはいくら何でも……私も何か……」

「そう? じゃあ」


 一人分空いたシートの間を詰めたかと思うと、颯太は真奈美に内緒話をするように耳元で囁いた。


「考えておくよ」


 唇が当たっている訳でもないのに、耳に颯太の熱と唇の柔らかさを感じた。くぐもった声は耳にさざ波を起こして、しばらく引くことはなかった。




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