第27話
真奈美は結局、オードソックスな下着だけを買い、笙子は面積が少ないものを買った。そのあとカフェで少しお茶をすることになった。
笙子は颯太に今から会えるかメールをしていたが、まだ返事がないと愚痴をこぼしながら、鳴らない携帯を何度も確認していた。
「やっぱり無理かな。颯太、返信はいつも遅いし。下手したら、一日とか空くのよね。仕方がないっていうのは分ってるんだけど……電話をしても要件だけって感じだし、メールの内容もそっけないのよね。性格だから仕方がないのだろうけど。でもあんなにクールだとは思わなかった」
笙子はいつも、颯太は優しくてスマートだと褒めてばかりいたので、そんな愚痴が出ることに少し驚きつつ、彼からの返信も電話も、自分の時とは反応が違うのだと知った。
「ねえ、どう思う?」
「え? 何が?」
「何がって、何か私の好きの方が強いみたいで。颯太は私の事、ちゃんと好きだと思う?」
「好きだと思うけど……だから付き合ってるんじゃないのかな?」
「そうだよね。そう言えば真奈美、朝は颯太に会うらしいね」
心臓が一瞬にして氷ついたように動きを止めた。
「たまに、だよ」
「そうなんだ。まあ家が近いんだもんね。いいなあ。颯太の家、行ってみたいな」
「ないの?」
「うん。何だかんだ言って、連れて行ってくれないんだ」
ぬるくなった紅茶を流し込むと、冷えた心臓が徐々にほぐれてくる。颯太はなぜ、笙子を家に招待しないのだろうか。颯太の笙子に対する態度がよく分からない。でもよくよく考えれば、自分も健吾の部屋には行ったことがなかった。
「でも私も、健吾の部屋には行った事がないよ」
「――」
笙子は何も言わずに真奈美を見ている。そこには哀れむような、見下したような視線だった。しかし真奈美にはその視線の意図が分からなかった。自分も同じ立場だと、笙子と同調する言葉だったはずだと、考えを巡らせた。
「健吾は、だって……」
「何?」
「別に。まあでも、彼は本当に変わったよね」
と、子供成長を喜んでいるような話し方だが、真奈美には刺々しく聞こえた。笙子はため息をついてから、
「連絡も来ないし、今日はもう解散しようか」
「わかった」
精算をすませ笙子は、寄りたいところがあるからと店の前で別れた。真奈美は何となく健吾の声が聞きたくなり、歩きながら電話を掛けてみた。手袋をしていない手は、徐々にかじかんでくる。電話に出ないので切ろうとした時「もしもし真奈美?」どこか慌てた声が聞こえてきた。
「健吾? 今大丈夫?」
「え? だ、大丈夫だよ」
話すたびに白い息がタバコの煙のように消えていくのを、ぼんやりと見ていた。
「ねえ、今から会えない?」
「え? 今から?」
「うん。健吾の部屋に行ってもいいかな?」
「へ、部屋に?」
「うん」
「ごめん。散らかってるし、ちょっと今から用事で出かける予定なんだ」
「そうなんだ。じゃあ今度、お邪魔してもいい?」
「うん。いいよ。それまでに片付けておくね」
電話の向こうで、何か重たいものが落ちた音がした。
「大丈夫? 何か落ちたみたいだけど」
「大丈夫。ごめん。切るね」
出掛ける用意をして急いでいるとところに、自分が電話をしてしまった事に、少し悪い気持ちになった。
歩みを止めて携帯電話を見つめていると、サラリーマンが真奈美にぶつかり、舌打ちをして去って行った。真奈美は携帯を鞄に放り込んで、駅に向かった。ちょうど改札を入ろうとした時に、颯太から電話が入った。
「もしもし」
「真奈美ちゃん、今、大丈夫?」
「はい」
真奈美は改札から壁の方へと移動した。
「今、外だよね?」
「そうです」
「俺、今仕事が終わったから、今から食事でもどう?」
「え? 笙子ちゃんは?」
「ああ、今日は彼女と会いたい気分じゃないんだ。ダメ、かな?」
颯太は両親の会社に影響がある人で、兄のような存在。笙子の彼氏だが、それを抜けば断る理由はやはりない。真奈美は颯太の申し出を了承した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます