第26話
明るかった店とは違い、すっかり夜になった道での会話は口数を自然と少なくしてしまうようだ。
ところどころに沈黙が浮き上がってくる。真奈美は何度目かの沈黙を破る時、笙子の話を出すことに決めた。
「あの、颯太さん」
「なんだい?」
「笙子ちゃんとは、上手くいっているんですか?」
跳ね上がる鼓動の振動が、顔にまで伝わってくるようだった。
「普通、じゃないかな。どうして?」
聞き返された真奈美は、取り繕うように「何でもないです」と慌てた。颯太もそれ以上の追及をしてくることは無かった。
家の前に着くと「じゃあ、また。お休み」と言って、颯太は歩き始めた。
真奈美は、その背中が見えなくなるまで見送った。
雄二と笙子の事は結局、誰にも相談する事が出来ずに時間が経った。
笙子が颯太という立派な彼氏がいるのに、なぜ雄二とセックスをしていたのか。雄二も笙子が颯太と付き合っている事を知っているのに、そんなことをしたのか。でも二人を見ていると、変わらずいつも楽しそうにしている。
実は笙子は、雄二とも付き合っていて、二股をかけているのか。面と向かってそんなことを聞く大胆なことは、真奈美にできるはずもなかった。
そして時間が経つにつれて、あれは本当に笙子と雄二だっただろうか? と、記憶を疑い始めながら、見なかったことにしようとする自分がいた。
真奈美は自分が何も言わなければ、波風は立たない。この居場所を壊すことは無いと感情を少しずつ上塗りし続けていた。
空気は透明度を増し、陽が隠れると灰色の重い空が多くなった冬。街や雑誌、テレビではクリスマスの話題が溢れはじめた。
健吾は講義の出席率が悪く、初めの頃を考えれば、講義で顔を合わすことは減っていた。でも大学には来ているのか、昼や休み時間には顔を合わせていた。
週末も、付き合い初めの頃はとは違い、健吾がバイトを始めたのを切っ掛けに会う回数は少なくなっていた。でもそれを補うように、夜にはメールか電話のやりとりは必ずあった。
その会話に、颯太と会って食事をしたことなどは出さなかった。
そんな中、笙子から真奈美にメールが届いた。内容は、クリスマスの前の週の日曜に、買い物に付き合ってと。もちろん真奈美は快く返信をした。
講義を終えたその足で買い物に向かう。笙子は相変わらずで、ずっと颯太の話をしている。その顔は幸せに満ちていて、真奈美が見たあの光景は、もしかして雄二が無理やり笙子にという考えが、浮かんでは消えていく。
「ところで真奈美はどうするの?」
「何が?」
「健吾へのクリスマスプレゼントと予定。クリスマスはホテルも満室だしさ」
「ホテル?」
「ホテルって私が言ってるホテルは、パークハイアットのスウィートなんだけどね。
健吾には無理だろうから、ラブホって意味」
「ラ、ラブホ?!」
ラブホテルと言えばすることは一つ。動揺した真奈美は思わず声を荒げてしまい、行きかう人からの注目を浴びてしまった。
しかしそれより恥ずかしい思いをしたのは、笙子のようだった。
「ちょっと! 声が大きい」
「あ、ご、ごめん」
「真奈美、もしかして健吾と、まだセックスしてないの?」
「ちょ、え?」
恥ずかしげもなくセックスという言葉を出してきたので、今度は真奈美が恥ずかしい思いをすることになった。
そんな真奈美を尻目に、「あ、ここ。この店だよ」と笙子が店の中に入っていく。
ショーウインドウには、マネキンが派手な下着を付ながら、バスタブに座ってポーズをとっている。
「笙子ちゃん。ここって」
中に入ると、女性モデルが紅いレースの下着をつけたパネル写真。でもエロティックには見えなかった。反対に下着に重点が置かれて、商品の良さが伝わってくる。
店内は派手な色から淡い色とさまざまな下着が、整然と並べられていた。奥に行くほど下着の過激さが増しているようだ。
笙子はすでに商品を手に取って、鏡を見ながら合わせている。下着を服の上から合わせているその姿が少し滑稽に見えた。
「真奈美。ちょっとこれ、どう思う? 颯太、好きかな?」
「え? わからないよ」
笙子が持っているのは、ピンク色でレースがあしらわれているものだが、胸を包み込む部分にあるべき生地がない。でもレースが胸の先端を隠す役割をしているもので、ブラジャーとしての機能はあるのかないのか疑問だった。
「でもこれ、ちゃんと胸を包み込んでないよね……」
「何、言ってるの。勝負下着なんだからいいの。どうせ脱ぐんだし。真奈美は、どれにするの?」
「え?」
「健吾とヤル時の下着よ」
「け、健吾とは、そんな事は」
「何、言ってるの?」
そんなことを考えたこともなかった。写真展の帰りに軽く触れるほどのキスはしたが、それ以上のことはまだない。笙子に現状を簡単に説明した。
「うそ?! 本当に?」
「え? あ、うん」
「ふうん。じゃあ、なおさらこれって下着を選らんでおかないと。いつ見せるかわかんないし。いくら健吾でも、クリスマスにはきっと、狼になるわよ」
「笙子は、颯太さんとは……」
「は? 何言ってるの?」
こうして下着を買いに来ているのだ。今更な質問だった。
脳裏には雄二と笙子が交わっていた光景を思い出しながら、顔は颯太へと変換されていた。
そしてどうしようもない苛立ちがふつふつと湧き上がってくるのを感じながら、健吾と颯太が好きそうな下着を手にした。
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