第28話
H駅で待ち合わせをして連れてこられたのは、ホテル最上階にあるレストランだった。
「クリスマス用のコースと通常のコースがあるけど、どうする?」
メニューを見ると、クリスマス用のほうが何となく可愛らしい盛り付けになっていた。
「折角なので、クリスマスコースでお願いします」
「了解」
颯太は直ぐに店員を呼びつけた。
窓際の席からは、多くの色のネオンが、宝石のように輝いて綺麗だった。同時に、健吾では連れてこられない場所だろうとも思った。直ぐに飲み物が運ばれてくると「お酒は二十歳なってから、だけど、もうすぐ真奈美ちゃん誕生日だし、フライングってことで」と颯太は悪戯ぽい笑みを浮かべた。
「私の誕生日、知っているんですか?」
「十二月三十一日の大晦日」
真奈美は年末年始を病院で過ごした母から、よくその話を聞かされていた。そして自分の娘の話をふられた時は、必ず大晦日生まれで大変だったんですよと、会話の糸口を広げるツールにしていた。
もしかしてそれを考えて、大晦日に産み落としたではないかと考えたこともあった。成海家と繋がりがある両親から伝わっていたのかと思うと、何だか恥ずかしい気分になる。
「じゃあ乾杯しようか」
「はい」
涼しい音が、大人への近づき始めた、合図のように聞こえた。口に含んだアルコールは、初め炭酸と同じか変わりがないと思った。でも直ぐに、真奈美の喉を熱くした。
「大丈夫?」
「はい……何とか」
真奈美は咽そうになりながら、口元に手を当てた。喉の熱は、胸元でくすぶりながら顔、耳に伝わって火に炙られているように熱くなってきた。そしてお酒の何が美味しいのかまったく理解できなかった。
「初めてのアルコールだから、無理しなくてもいいよ。ソフトドリンク、頼もうか?」
「――お願いします」
このまま飲み続けても、体が持ちそうになかった。颯太が頼んでくれた烏龍茶は、直ぐに運ばれてきた。
前菜から始まったコースは、颯太との楽しい会話もあって、直ぐに時間が過ぎて行った。
食事を終えホテルを出ると、颯太は直ぐ玄関でタクシーを呼びつけた。
「このままタクシーで帰ろう」
「え? でも」
「気にしなくていいから。さあ」
真奈美は、押し込まれるようにタクシーに乗り込んだ。颯太が隣に座ると、無謀になっていた真奈美の手を握ってきた。驚いて振り切ることはできない。脈が激しく波打った。颯太に顔を向けることができず、何を思って真奈美の手を握っているのか確認が出来ないでいた。
今まで何度も手を繋いだことがあったのに、どうして今日、こんなに胸が高鳴ってしまうのか。考えようとしてもなかなか纏まらない。
「真奈美ちゃん、今日の事は、笙子に秘密だから」
「はい」
「健吾君にもね」
「はい」
それからは、息遣いが聞こえそうなほど静かだった。一番存在感があるはずの運転手を感じないほどに、真奈美は緊張していた。
何か話さないと……颯太と一緒にいて初めて感じた。話さないといけないと焦りながら、口がなかなか開こうとしない。そんな真奈美が声を出せるようになったのは、ちょうど市内入って直ぐだった。
「今日、どうして笙子ちゃんとじゃなくて、私だったんですか?」
馬鹿な質問をしてしまったと思ったが、口にだした言葉に取り消しは効かない。
「どうしてって……笙子より真奈美ちゃんが大事だからに決まっているじゃないか」
「え?」
笙子よりも真奈美が大事だという言葉を、どう解釈すればいいのか悩んだ。いや、その意味が分かっていながら悩む振りをしたのだ。なぜなら自分には健吾という彼氏がいる。それにどうであれ颯太は笙子の彼氏だ。握られた手からじんわりと汗が噴き出してくるのがわかった。
「はい、お客さん。着きましたよ」
真奈美はその声に胸を撫で下ろした。
タクシーは、真奈美の家の前で止まっている。ドアが開いたが、真奈美は降りることが出来なかった。颯太が手を放してくれないのだ。
「お客さん。降りないんですか?」
苛々した運転手の声で、やっと颯太は手を離してくれた。
「じゃあお休み。真奈美ちゃん」
「お休み、なさい」
ドアが勢いよく閉まると、タクシーはスピードを直ぐに上げて走り去った。
真奈美は、喉から心臓が飛び出しそうなのを耐えるように、掌で口元を押さえた。その掌には、颯太の体温が残っていて、それを吸い込んでしまった真奈美は、何も考えることができなくなっていた。
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