第36話
大学も後期の終わりに近づいていた。健吾からは部屋の合鍵を受け取っていた真奈美は、甲斐甲斐しく部屋を掃除したり夕食を作ったりして、健吾を待つことが多くなっていた。大学でも、入学当初の時のように一緒にいることが多くなった。
この日も二人で大学を後にしたが、途中健吾が先に家に行っていてと言われ、真奈美は買い物をして家に向かった。
夕食の準備を終え部屋で健吾を待つが、七時を過ぎても戻ってこない。次第に事故にあったのではないかと心配になり、携帯に何度もならしてみた。
しかし健吾は出ない。何かあったのではないか? 雄二や笙子に連絡をしてみようかと考えていると、玄関の扉が開いた。真奈美は思わず玄関に駆け寄った。
健吾は上機嫌なのか、にこにことしている。そしてその手にはウサギに縫いぐるみ。
「健吾! 心配したのよ。どこに行ってたの?」
「うん。ちょっとね。それでこれがお土産」
と持っていた縫いぐるみを真奈美に手渡してくる。そのまま健吾は真奈美の隣を通り過ぎると、食事が並んでいるテーブルの前に座った。真奈美は横を通った健吾から、煙草の臭いがしたことを不思議に思った。
「ねえ健吾。煙草、吸ってるの?」
「え? 僕は吸ってないけど」
「でも健吾、煙草の臭いがするよ」
「え?」
と言いながら健吾は、自分の服を嗅いだ。
「もしかしたら、電車を待っているときに、喫煙所の側に立っていたからかな? それよりこれもう食べていいの?」
「あ、うん」
「じゃあ一緒に食べよう。真奈美の作ったご飯、美味しいから」
その姿は、お腹を空かせた子供のようで、真奈美は好きだった。
そして食事をした後は必ず、体を合わせた。初めの数回までは恥ずかしく、全てを健吾に任せていたものの、徐々に脳が麻痺するような快楽に、体が自然と健吾を求め始め、いつしか獣のように激しく求め合うようになっていた。
その際、避妊をしばしば忘れることがあった。でも何度もその失敗を繰り返すうちに真奈美の中の危機感が薄れていきまた、生理が来なかった事が無かったので気にもとめなくなっていた。
四月になり、しばらくは新入生の初々しさやサークル、クラブの勧誘で大学全体が色めきだっていた。
久々に笙子から一緒に食事でもと誘われ、女性をターゲットにしたイタリアンメインの居酒屋で会う事になった。人気があるのか、笙子が前もって予約をしてくれていたため、すんなりと席に案内された。
席に着いてすぐ笙子がチューハイを、真奈美はアルコールが苦手なのでソフトドリンクを頼んだ。
「笙子と二人って、何か久々だね」
「そうだね。真奈美には健吾がべったりで、何だか近づけない感じがあるしね」
そう言えば、以前に比べると、隣にはいつも健吾がいるような気がする。でもそれは付き合っているのだから、自然なことだと思った。
「笙子は最近どう?」
目を伏せた笙子に元気がない。それに反して周りは騒々しいので、その対比に真奈美は少し戸惑った。
「あのさ、真奈美」
笙子が何か言いかけ時、空気を割って入ってきたのが店員だった。注文したドリンクがそれぞれの前に置かれる。
「とにかく、乾杯しようか」
笙子が無理をしたように笑っていうので、真奈美は「そうだね」と答えた。
注文した料理が出そろったところで、やっと笙子が話を切り出した。
「健吾とは、上手くいっているみたいね」
「うん。そうだね。笙子は?」
「まあ、普通かな」
年初めに颯太が言った言葉が過ったが、二人はそれなりにやっているのだと、真奈美は安心した。
「今日はどうしたの?」
「うん? 特にって訳じゃないんだけど、真奈美と最近話してないなって思って。ほら、健吾が真奈美にべったりでしょ?」
そう言えば最近、一時期比べると、健吾が常に隣にいる気がした。それはあの一件を乗り越えて絆が深まったあらわれかもしれないと、ふと思った。
「でも喧嘩もするよ?」
「喧嘩? 真奈美と健吾が?」
「うん」
笙子が盛大に声を上げて笑い始めた。
「何で笑うのよ」
「だって、だって二人の喧嘩って、想像が出来なくて。なんか……すごく落ちつた喧嘩? っていうの? きっと激しいものじゃないんだろうなって思って」
健吾を前にすると、それまでふつふつと沸いてきていた感情が、冷却されたようになってしまう。その後には母性のようなものが働くのか、守ってやらなくてはという気持ちにさせられる。
だからいつも、物を投げ合うような、ましてつかみ合いになるような喧嘩にはなった事がない。なんとなく母親と子供のような関係に似ているかもしれない。
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