第6話

 T駅に着くとベッドタウンだけあって、まだ下りる人は多い。

 それでも改札を出れば、周りは閑散として、生暖かい風と虫の鳴き声が、夜の帰り道を不安なものにさせるには充分だった。


「どうする? タクシーに……って止まってないな」


 出てきたのが最後だったので、既に先に下りた乗客でタクシー乗り場はもぬけの殻になっていた。


「歩ける?」

 つま先が締め付けられるように痛かったが、電車に乗ったと時に座れたので幾分かマシになっていた。


「はい。多分、大丈夫です」

「そう。でも辛くなったら言って。おぶるから」

「え ?」

「帰ろうか」


 成海の吹き出す声が聞こえた。からかわれたのだ。でも嫌ではなかった。むしろ彼との距離が縮まったと思った。


 最寄り駅から自宅までは歩いて十五分弱。一人で歩いている時は長く感じるのに、成海と歩く道はあっという間だった。

 彼の話が面白いのもあったかもしれない。でも同じ小学校卒業で二年だけ被っている事もあり、当時の先生達の話で盛り上がったからだろう。


「そろそろ大瀬良さんの家だよね?」

「はい。あれ?」

「どうかした?」


 成海に家の場所を教えた訳ではない。なのに、どうして家の付近だと知っているのだろうか? という疑問がそのまま口に出た。


「成海さん、私の家、知ってるんですか?」

「ああ……飲み会で言おうと思ってたんだけど……」


 二人はベンツが停まっている家の前で立ち止まった。静かな住宅街では、話し声が妙に響いて聞こえる。

 親が気づいたのか、鍵が外される音がして既にパジャマを着た母親が出てきた。


「真奈美? もう、誰が家の前で話してるのかと思ったら」


 玄関から成海の場所は、家の壁で死角になって見えない。母親が真奈美の前まで来て、やっと彼の存在に気づいた。


「あら?」

「あ、送ってもらったの。サークルの先輩で」

「成海さん?」

「え?」


 紹介する前に母親が名前をいうので驚いた。


「成海さんですよね?」

「どうも。こんばんは」

「あら、嫌だ。お父さん。お父さん!」


 母親が慌てて家の中へと入っていった。


「成海さん、親と知り合いなの?」

「俺じゃなくて、俺の親とかな。ただ年始の挨拶でチラッと会ったことはあると思う。大瀬良さんの年賀状も何度か見たことがあったから、住所を知ってたんだ」

「そうなんですか ?」

「もう大丈夫だね。じゃあ、お休み」

「え? あ、お休みなさい」


 成海は急ぎ足で歩いてきた道を戻っていた。

 家に入ると、母親と同じようにパジャマ姿の父が慌てて玄関まで来た所だった。


「成海さんは?」

「え? もう帰ったけど」

「どうして一緒に帰ってきた?」


 真奈美の両肩を獲物を捕らえた鷲のように掴んだ。父は興奮し、目が見たことがないようにギラつき、それは用水路に混ざる虹色の油のように見えた。


「大学のサークルの先輩で……」

「そうか、そうか! よくやった。よくやった真奈美! そうか、そうか」


 父は満足したように、家の中に戻っていった。

 その時、不意に見えた横顔には打算的な不適な笑みが浮かんでいたのを見てしまった。

 

 いつもとは違う父の顔に、皮膚の中で虫が走っているような何とも言えない嫌悪と、当惑する気持ちが交差しながら絡まったような、複雑な感情が真奈美を襲った。










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