第43話
颯太の家に招待されたのは、陽が落ち始めるのも早くなり始めた十一月に入った頃だった。この日は颯太の母が、真奈美と会ってみたいという事で呼ばれたのだった。
手土産を持った手は、緊張で指先の血が通っていないように感じられるほど、冷たくなっている。
「大丈夫。母は穏やかな人だし」
「でも」
品定めと真奈美は感じていた。次男とはいえ、成海家の血を引く息子の彼女を見極めたいのではないのだろう。緊張するなという方がおかしい。
いつもは颯太の部屋にいく通路ではなく、足を踏み入れたことがない家の奥へと案内される。その途中、いくつかの部屋の前を通った。広縁までくると広い庭の木々が色づき、四季を感じられた。
「母さん、入るよ」
庭に目を奪われていた真奈美は、慌てて視線を戻した。十畳ほどの部屋には、重厚な和座卓。床の間には先ほどみた紅葉の木だろう。小菊とセンス良く生けられていた。
真奈美は部屋に入って座り障子を閉めた。そのまま体を少し反転させて、颯太の母親に挨拶をする。
「大瀬良真奈美です。今日はご招待していただき、ありがとうございます」
「そう硬くならなくても大丈夫ですよ。こちらに座ってちょうだい」
「はい」
淡い紫生地の着物に、髪をアップした颯太の母親は、淑女らしい気品と美しさを兼ね備えている。そのためか、自分よりも数段に座っているような迫力を感じされた。
真奈美は用意されていた座布団の隣に一度座り、もう一度促されてから座りなおした。
その時の颯太の母親の顔に笑みが浮かんでいたので、少しだけ胸を撫で下ろした。
それからは世間話をして、十分ほどで颯太の母親は約束があるので、また遊びにきてねと言い、部屋を出て行った。
「ふう」
「緊張してたみたいだね」
「もちろんですよ。でも優しそうなお母さんですね」
「いや結構、厳しいよ。でも真奈美ちゃんは気に入られたから大丈夫」
「そうですか?」
「ああ。だから堂々としていればいい」
威圧感はあったが、議員の妻をしていれば当たり前かもしれない。それに怖いという感覚は無かった。真奈美は何となくだが、颯太の母親とは上手くやっていけそうな気がした。
それからほどなくしてクリスマスが来ると、颯太から正式にとプロポーズをされた。まだ学生の身分で一度断ったのだが、年始に成海家の面々に挨拶をした際、結婚をしてそのまま大学に通って卒業すればいいと囃し立てられ、再度颯太の申し込みを受けて「はい」と返事をした。
真奈美の両親は手離して喜んでいた。
両家の挨拶、結納、式場の下見、予約と目まぐるしく日は過ぎていく。
肌寒い色あせた季節からいつの間には春を迎えようとしていた。
式は七月下旬と決まり、成海家が取り仕切って準備が進む。真奈美の招待客、同じ大学に通う友人の招待はなかった。
しかしどこで嗅ぎ付けてきたのか、話したこともない学生が、真奈美の結婚相手を知って招待して欲しいと、お願いをしてくることもあった。だが意図が読み取れた真奈美は「知らない人を招待できない」ときっぱりと断っていた。
そして断った腹いせに投げられた「健吾が大学を辞める原因になった女だから、直ぐに離婚するわね」という声に、初めて彼が大学を去っていたことを知った。
夏休みを利用した新婚旅行から帰ってきた二人は、新しく買ったマンションに帰ってきた。颯太は見ている限りでは、真奈美を見てはにこにこしているように見えた。豪華な乾坤式に披露宴、マンション。颯太の収入を考えれば多分、働かなくても十分にやっていける。
颯太は真奈美が大学を卒業したあと、このまま働かずに家で専業主婦をしてくれればいいと、何度も言っていた。しかしそれでいいのか。世間を知らずに家庭におさまっていいものか思案していたが、両家の両親たちも、専業主婦で夫を支えるのも十分な仕事だと説得してくる。
周りを見て不安にはあるが、必死になって就職先を探す姿を見ていると、それでもいいかもしれないと思い始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます