第4話
新歓コンパが終わる頃になると、小さな鐘が頭の中で鳴っているような頭痛で、こめかみの辺りが痛んだ。
でも後は解散すれば終わり。もう少しの我慢だと真奈美は言い聞かせた。
歓談していた女性先輩が、「ごめん。ずっと我慢してたんだけど、大丈夫だよね?」と言いながら、煙草を取り出す。
よく見ると部屋は、喫煙者の先輩達が吸う煙りでモヤがかっている。真奈美の両親、親戚で煙草を吸う人間は今の時代にしては珍しくいない。
もしかして煙のせいなのかもしれない。真奈美は「済みません。トイレに行って来ます」と席を立った。
別に煙草を吸い出したからとは思わないだろう。真奈美の前には殻になった、ソフトドリンクのグラスが三つあるのだから。
部屋を出ると、店内には薄い煙が靄がかり、店の体臭のように染みついているようだった。
トイレを済ませて通路に出ると、いきなり声を掛けられた。
「大丈夫?」
成海だった。
「成海さんもトイレですか?」
「まあね。それより大瀬良さん、気分が悪いんじゃない?」
「いえ、大丈夫ですよ。それにもう、終わる頃でしょうし」
「そっか。じゃあ終わったら家まで送るよ」
「え?! 大丈夫ですよ!」
「俺、実家暮らしだから帰る方向は一緒だし」
そうだった。成海は自分と同じ小学校だった。
「戻ろうか」
「はい」
「そうそう。同じ一年同士でアドレス交換はした?」
「いえ」
「今後の為に、部屋に戻ったらしておいたらどうかな?」
確かに後日、改まってとなると聞きにくいかもしれない。
「そうですよね。ありがとうございます」
「お節介みたいでごめん」と明後日の方向を見ながら、軽く頭を掻いている。この成
海颯太が皆に好かれる理由が少し、分かった気がした。
部屋に戻ると、さっきまで乱れていた席は、店に入ってきた時と同じ順番で皆が座っていた。真奈美は入り口直ぐの席に座り、成海もそのまま隣に座る。少し肩が当たるので真奈美は気恥ずかしくなり、少しだけ足をずらした。
笙子は数秒間、じっとそんな二人を見据えていた。
「ええ、では部長からの挨拶を」
小柄で髪が角刈りの牧野が立ち上がって、わざとらしい咳払いをした。
「わがサークルは文学と音楽の融合をはかる」
「はいはーい! 部長お疲れ様です。文音研究室は常にオープンされているのと、集まりは月に二回ほどありまーす。集合をかける時は、メール連絡するからねー。はい一年、こっち来て-」
「ちょっ! 俺が部長!」
「おれ副部長-」
漫才のような掛け合いで、二人の仲はそれだけで分かる気がした。一年がぞろぞろと副部長の笹川の元に集まって用意された用紙に、学部と名前、連絡先を記入した。順次書き終えたら席に戻る。三番目の真奈美が席に戻ると、高村と田中が携帯を向け合っていた。
成海の言葉を思い出して、まるで告白するときのように胸が大きく上下し始めた。
真奈美は唾を飲み込み喉を湿らせてから声を出した。
「わ、私もアドレス交換いい?」
「は、はい」と高村が言い、田中笙子は「赤外線でいいよね?」と真奈美とも携帯を突き合わせた。
あとから戻って来た正木とも交換を終えたところで、飲み会はお開きになった。
幹事が会計を済ませるまで店の外で集まっていると、「これから二件目でカラオケに行くけど、どうする?」と話している声が聞こえてきた。
真奈美が時計を見るともう十時半を過ぎている。家は門限というほど厳しい訳ではないが、夜の住宅街を一人で歩くのはあまり好きではなかった。駅周辺は開けて明るくても、住宅街に入ると人通りも少ない。街頭はあるものの、薄暗い夜に浮かぶ住宅は薄気味悪く、細い道から何か得体のしれない物、例えば幽霊とかが出てきそうで怖かった。
だからかろうじてサラリーマンがまだ帰宅する時間、十時頃までには家に帰るようにしていた。
真奈美の両親はいつもそんな時間に帰ってくるので安心しているのか、口うるさい事は言われたことは無い。
反対に「もっと遅いのかと思ってたわ」と母親が言うことがあった。
でも夜の道で幽霊が出そうなんて、そんな子供みたいなことは言えるわけがなく、「もう皆が帰るっていうから」と答えていた。
真奈美は、駅からタクシーを利用する事を考え始めていた。
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