第4章 順番抜かしのウララさん

第13話 この髪より輝いて

『サブタイトルでの私の扱いヒドくない?』



 私のようで私ではない声がどこかから聞こえてきた。ひとまずこれは置いておこう……。




 私の名は「杉浦 灯(すぎうら あかり)」、今年で高校1年生になる。入学する学校は、わりと有名な進学校だった。グレーのブレザーにチェックのスカートの組み合わせ、この制服は、私にはとても地味に見えた。


 覚醒遺伝なのか、私の髪は生まれつき金色だ。家系のどこかで外国人の血が混ざっているのか、それはよく知らないし親にも聞いていない。ただ、この髪のおかげもあってか子どもの頃から私はよく目立っていた。なにもしなくても目立ってしまう私は、注目を集めるのに快感を覚えるようになった。


 けど、勉強、スポーツ、芸術……どれをとっても私には特別な才能がなかった。頭髪以上に私を目立ち、輝かせてくれるものはない。いや、ないと思っていた。


 「あの能力」に気付くまでは……。



 それは中学校での出来事、たしか数学の授業を受けている真っ最中だったと思う。授業中、一度瞬きをすると、突然世界の色が反転していた。

 視界が「ネガポジ反転」した状態になっていたのだ。私は瞬きを何度も繰り返した。だけど、反転した世界は元に戻らなかった。


 夢でも見ているのかと思って、漫画みたいに頬をつねってみた。けど、目が覚める気配はない。反転した世界では誰一人動かなかった。先生も同級生も、まるで精巧につくられた人形のように微動だにしない。私は怖くなって教室から出ようとしたが、スライド式のドアもまったく動かなかった。窓から外を見ると、空中で鳥が静止していた。教室の時計を見るとそれも動きを止めている。


『時間が止まっているの……? なんなのこれ?』


 私はわけがわからなくて動かない友達に何度も大声で話しかけていた。「叫んでいた」というほうが正確かもしれない。



「ほう? この空間で動ける者がいるのか」



 人の声が聞こえた。初めて耳にする男の声だった。きょろきょろと周囲を見回していると、教壇の上に黒色の身体にぴったりと張り付くような衣装をまとった男が立っていた。まるでダイバースーツを着ているようだ。顔には巨大なサングラスみたいなゴーグル(?)をしていた。そのため、表情は口元からしか読み取れない。


 男の口元はわずかに笑みを浮かべているように見えた。


「あなたは誰っ!? これはなんなのよ!」


 私は大きな声で男に向かって叫んでいた。けど、声のわりに腰が引けているのを感じた。わけのわからない状況に、突然現れた、これもわけのわからない男……、私を包む「わからないこと」の集まりが、本能的に「恐怖」として身体に信号を送っているようだった。


「この空間で動けるお前には2つの選択肢がある」


 謎の男は、教壇を降りて私に歩み寄って来た。私は男を見ながら後退りしたが、踵を動かない机の脚にぶつけてしまって、そこで転んでしまった。尻もちをついた私の前にダイバースーツの男が立っている。


「1つは我々の仲間になる。もうひとつはここで俺に殺される。さぁ、どっちを選ぶ?」


『なにわけわかんないこと言ってるのよっ!?』


 私はこう叫んだつもりでいたが、恐怖のせいなのか、声になっていなかった。


 仲間になる?


 こんな身体のラインがくっきり見えるヘンテコスーツを着るなんて死んでもごめんよ!


 だったらもうひとつは……?


 私、死ぬの……?


 頭の中なのか心の中なのか、私は自問自答を繰り返していた。返事を待ちきれないのか、目の前の男は右手を大きく広げて、私の顔の前に向けてきた。すると、まるで手品のように手のひらの中心に白くて淡い「光」が現れた。

 それは次第に大きくなり、私の眼前に迫ってきた。よくわからないけど、これに当たったら私は死ぬんだと思った。目を瞑って顔を背ける。


 その時間はどれくらいだったのだろう。何時間にも感じられたし、ひょっとしたら一瞬だったのかもしれない。私がゆっくりと目を開いて前を見ると、先ほどの男は目の前に倒れていた。


「危なかったね、お嬢さん。間一髪、間に合ったよ」


 今度は後ろから声が聞こえた。振り返ると、先ほどのダイバースーツの白……というか銀色のバージョンを着た男が立っている。同じように顔はゴーグルもどきで隠れている。


「…ッヒィィ!」


 私は立ち上がれず、四つん這いでその男から距離をとろうとした。


「あー、待って待って! 僕は君を襲ったりしないからさ」


 彼の声は黒い服の男と違って安心感のあるものだった。まるで泣きじゃくる子どもをなだめるように話しかけてくる。


「そりゃあ怖かったよね? ごめんごめん。けど、さっきのやつが見えて僕の姿も見えているということは君、才能があるんだね?」


 彼の言っている意味がさっぱりわからなかった。だけど、「才能」という言葉に私は妙に惹かれてしまった。この金色の髪以上に私を輝かせてくれる「なにか」があるような気がしたから。

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