第18話 理想郷

「過去にホーリー・メイデンが異世界から召喚された経緯から、向こうの世界に我々と通じている者がいます。まずは彼らと接触をして下さい」


 ここは聖エグゼリア王国の城内の地下にある儀式の間。石造りの教会のようなところだ。僕は異世界転移の準備をしていた。

 ホーリー・メイデンは、別の世界で「ホマレカワメイコ」という名で呼ばれているらしい。僕は彼女のいる世界で、4年間……ホーリー・メイデンの力が覚醒するまでの間、不慮の事故などから守るのが務めだ。


「異世界転移は術者の我々にも、転移するイサール様にも非常に負担が大きい儀式です。ホーリー・メイデンが覚醒するまでの間はまずこちらには戻ってこれないとお思い下さい」


 転移の儀式を務める神官のひとりがそう言った。


「わかったよ。こちらの世界も僕がいない間に魔王軍残党が騒ぎ出すかもしれない。みんなで力を合わせて王国を、民を守ってくれ」


 儀式に参列していた騎士団の仲間や騎士団長が揃って胸に左手を当ててこちらを見た。僕も同じ動作で彼らに答える。王国騎士団流の敬礼だ。


「イサール様、準備が整いました。どうぞ魔法陣の中央へ」


 年老いた神官が僕を、儀式の間に描かれた丸くて複雑な模様の魔法陣の中心へと招く。そこに立つと突然、僕の身体はまるで蒸発するかのように光の粒子へと変わっていった。痛みはまったくなく、意識が徐々に遠のいていくのを感じた。まるでゆっくりと眠りにつくような心地だった。




「イサール様! お目覚め下さい!」



 僕が次に目を覚ましたとき、眼前には見たこともない景色が広がっていた。どこかの城の一室にでも転移したのだと思う。置いてある家具はどんな芸術家がつくったのか、寸分の狂いもないような真っすぐな直線を描くものばかりだった。炎とはまた違った独特の白い光が室内を照らしている。


 僕を囲むように、奇妙な服装をした者たちが数人いた。彼らが聖エグゼリアと通じている者なんだと察した。こちらの世界で僕は「滝本 勇(たきもと いさみ)」という名前を与えられた。最初の数か月はこちらの世界の生活に慣れることに時間を費やした。


「こちらの暦で4月になりますと、ホーリー・メイデンこと『誉川 芽衣子』様は、私立皐ケ丘学園高等学校というところに所属されます。イサール……いえ、勇様も同じところに所属して彼女を危険から守ってください」


「なるほどな、同じ学友となってホーリー・メイデンをお守りすればよいのだな。こちらで生活をして感じたが、なんと危険の少なく平和な世界だろうか。これなら彼女をお守りするのもそう難しいこととは思わない」


「勇様の力なら容易いと思います。ですが、こちらの世界では剣を持ち歩くのは許されておらず、魔法を使う者もおりません。そういった力を使うのはお止めください。我々、異世界の住人がこちらに介入しているのは極秘事項になっておりますゆえ」


「そういうことか……、心得た。ようは他の学友と同じように過ごしながら、彼女を危険から遠ざければよいのだな!」


 聖エグゼリアの者たちには悪いが、僕はこちらの世界の生活に楽しさを感じていた。当然、与えられた役割はきちんとまっとうする。だが、それとは別でこれほどまでに争いがなく、平和な世界を僕は初めて見た。きっとこれが我が祖国が目指す理想の姿なのだと思っていた。

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