第40話 カラスの見る世界
「カラス、スマホはあったか?」
屋上で立ち尽くしているカラスにテルが話しかけていた。彼は屋上の隅っこにいて、一見したカラスの目には映らなかったようだ。
「テルか……。なぁ、他のみんなはどこいったんだ?」
カラスの問いかけにテルは両手を組んで空を見上げている。
イサミんたちがゆっくりと森の方へ落ちていく姿を見たテルは、近くにいた烏に憑依してその様子を窺いに行っていた。彼らが無事であることを確認するとすぐに憑依を解き、屋上でカラスの戻りを待っていたのである。
「ああ……なんていうか、あれだ。とりあえずみんな無事だから心配するな。ドローン撮影には間に合わんと思うが、時機に帰ってくる」
カラスは軽く首を捻った。
「全然意味がわからんのだが、なにかあったのか?」
「カラス、全部を知って理解するなんて無理なんだよ。まあちょっとしたらスマホに連絡でも来るだろ?」
「テル、お前どうした? 哲学系のまとめサイトでも見てたのか?」
この問いかけにテルは答えなかった。少しすると屋上の入り口あたりから複数の学生の声が聞こえてきた。どうやら彼らのクラスメイトが上がってきたようだ。
テルは自分の手にあるスマホを見て、先日父親から届いたメッセージを思い出していた。
◆◆◆
誉川へ殺しの依頼を出していた者……本来、暗殺家が依頼主のことを詮索するなどあってはならないのだが、親父は自分の伝手を使って調べられる範囲でそれを行った。
その結果は驚くべきものだった。親父のメッセージには、あくまで推測であり、読んだらすぐに忘れて消去しろ、と念押しで書かれていた。
「誉川 芽衣子」、彼女への暗殺依頼をかけていたのは、「誉川 芽衣子」である可能性が高い、と……そう書かれていた。
まず暗殺依頼など普通の人間ができるものではない。仮に……万が一、なにかしらの接点からそこに辿り着けたとしても、それに必要な額は並大抵のものではない。普通の女子高生と思われる誉川にそれが払えるとは到底思えない。
依頼自体は取り消されたわけだが、暗殺はその遂行に大きなリスクが伴うためキャンセルしても相応の金額を払わないといけない。その額はすでに振り込まれているのだ。依頼主が誉川ならキャンセルしたのも入金したのも彼女と考えるのが妥当……しかし、そんなことがありえるのか? それに一体なんの目的で?
いろいろな疑問が次々と湧き上がってきた。
だが、ここでの高校生活を通じて俺も学んだことがある。
ずっと気付かぬフリをしていたが、杉浦灯が奇妙な格好をしたやつらと戦っているのは知っていた。理屈はわからんが、やつらが戦う空間では、時が止まり、ほとんどの人間がその存在、出来事を認知できていないらしい。
だが、一定水準以上の「力」を身に付けた者ならその法則に当てはまらないようだ。
恐らく、滝本勇もその類だ。杉浦が危機に陥ったとき、あの男は自由に動き回って加勢してみせた。そして、滝本の戦闘能力は杉浦とは比較にならないものだった。もはやあれが本当に「人」かどうか怪しいレベルだ。
俺は暗殺家として、普通の高校生とは明らかに違う世界を生きてきた。そんな俺でもまったく理解できないものがここでは次々と現れたのだ。
それなら、誉川にも普通ではない「なにか」があるのかもしれない。例えば、あえて自らを危険に晒すことで自分を守る人間を探していた、とか……。
滝本と杉浦は、戦いの中で誉川を守ろうとしていた。しかし、誉川自身は彼らのことを認知してたかというとその気配はなさそうだ。
俺以外の者が襲ってくること自体が、誉川にとってのイレギュラーだったとしたら? 本来はなにかしらの目的で誉川の元に集う人間を探し出すためにあえて身を危険に晒していたとも考えられる。
もっとも、その「目的」がさっぱりわからんのだが、ここまで来て俺は考えるのを止めた。俺の生きる暗殺の世界が普通の人にとって絵空事のように、俺でも一生理解できないような世界がここにはたしかに存在する。
俺は、あえてそこを覗いてみようとは思わない。
「テル、ホメ子さんからメッセージが来た。相変わらず訳の分からん形容をした文章だけど、なんか学校の外にいるみたいだ」
『カラス、お前が見ている世界もきっと俺とは違うんだろうな』
テルはカラスの顔を無表情に見つめていた。
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