第16話 人知れず戦うウララさん

 それから時は経ち、私は高校生になっていた。


 中学で「異能力者」という普通とは違う力を身に付けてしまった私だが、その力はあくまで限られた空間でしか使うことはできない。私は、勉学に特別な才覚はなかったけれど、勉強をしたらそれなりにいい成績をとれる方だった。

 その結果、家から通える範囲で有名な進学校でもある、私立皐ケ丘学園高等学校へ通うようになった。


 この学校に入学してからのひと月、特にコンキスタドールが襲ってくることはなかった。私は、彼らやレジスタンス、または異次元の向こう側の世界の内情についてあまり知らない。

 知ろうともあんまり思わなかった。私は性格的に、最前線で戦う兵隊が向いているようだ。身近にコンキスタドールのやつらが現れるようものなら、磨きをかけた異能力でぶちのめしてやるつもりだった。



 高校生活が始まって約ひと月とちょっと、今日は夏が前倒してやってきたような暑い日だった。現代文の授業で漢字の書き取りテストが行われている。私は配られた問題と答案用紙を見ながら、シャーペンを握った手が勝手に動き出しそうなのを感じた。頭よりも身体が漢字を覚えているようだ。これならテストはわりといい点が取れそうだ。


 そんなことを考えていると、教室が急に騒がしくなった。どうやら大きな蜂がここに迷い込んで来てしまったようである。異能力を身に付け、すでに何度かその力での戦いを経験していた私にとって、蜂なんかは騒ぐに値しない存在だった。


 席が廊下側で、蜂が近くに来る気配もなかったので、虫……いや、無視してテストに集中しようと思った。そうして答案用紙に目を向けて瞬きをしたとき、視界の色が反転した。


 ――これは……!


 空間が切り取られている……。やつら、「コンキスタドール」が来たのね!


 時が止まり、生命の息吹が消え去った教室で、例によって黒いダイバースーツ姿の男が、ちょうど教室の真ん中あたりにある机の上に現れた。男はこの空間で動ける私の存在を認知したのか、これまた例のゴーグル越しにこちらへと目を向けた。


「なんだ、貴様? レジスタンスのやつらか?」


 私はその男と問答する前に、高速移動で懐に潜り込み、両手を相手の下腹部あたりに当てて思いきり衝撃波を撃ち込んでやった。男は吹っ飛んで時の止まった教室の黒板に叩きつけられて、その場に倒れた


「私の通う学校の、それも同じクラスの生徒に手を出そうなんていい度胸してるじゃない!? 言っとくけど1ミリも手加減なんてしないんだから」


「こっちの世界の適応者か……、威勢のいいガキだな」


 男は、ふらふらとしながら立ち上がると右の掌を開いてこちらに向けてきた。


 そして、衝撃波が放たれた。


 けど、私は両の掌を前に開いて突き出し、シールドを展開する。透明の障壁が衝撃波を吸収してくれる。


 中学生のときに異能力の訓練を受けて、私はレジスタンスのみんなから言われた。私は「適応」だけじゃなくて戦う「才能」があると!


 相手の男が次の攻撃を撃とうと構えるが、私は宙に浮いて、右に左にと高速移動を繰り返して的を絞らせない。そして横に移動しながらも少しずつ距離を詰めていく。


 私の動きを見切れず、焦点を絞れないでいる相手の背後にまわり込んで、至近距離でもう一発衝撃波をおみまいしてやった。


 どうだ! この髪より輝く私の磨き抜かれた才能の力は!


 またも吹っ飛ばされた男は、窓際の席……クラスのみんなから「カラス」と呼ばれている男子の席の近くで倒れた。私はそこに近寄って、相手の状態を確認しようとすると……次の瞬きで世界は元の色に戻っていた。そして、ダイバースーツの男の姿も消えていた。


 教室は何事もなかったかのように、時間を取り戻した。近くの席にいたカラス君は、ここにいる私のことを不思議そうな顔で見つめていた。


『私は誰に気付かれなくても、みんなを守るからね!』

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