第42話 それは日常? それとも……

「……はっ?」



 ホメ子さんを怒らせたいわけではないのだが、無意識に今の言葉が口からこぼれた。それしか返す言葉が浮かばなかったのだ。だが、ホメ子さんは気分を害したわけでもなく、相変わらずのテンションで話しを続けた。


「私たちが普通と思っている『日常』は、果たして誰から見ても同じ『日常』なんでしょうか? ひょっとしたら私たちが観測できない事象がたくさん起こっているのかもしれません。そして、それに気付いている人も実はいるのかもしれません」


 たしかに、彼女の書いた物語の始まりがそうだった。


 オレがモデルになっているであろう「カラス」が見たのは、授業のテスト中にスズメバチが教室に入ってきてちょっとした騒ぎになった。だが、幸いにも誰も刺されなかった、というだけの話だ。


 それを別の人物の視点から見ると、やれ憑依がどうとか、悪霊がどうとか、異次元の介入がどうとか……となっているわけである。



「ひょっとしたら私たちが気付けないだけで、今この瞬間も異次元の世界で誰かが戦っているのかもしれませんよ! そう考えるとおもしろくないですか!?」


 ようするに、オレの見ている青空の「青」とホメ子さんの見ている「青」は同じ青色なのか、という話だろう。


「言いたいことはわかる。だけど、さすがにあり得ないだろう? それにホメ子さんは自分を美化しすぎだ。いつから容姿端麗・成績優秀・スポーツ万能のパーフェクト超人みたいになったんだ?」


「自分で描く世界の中くらい理想の自分でいたいじゃないですか?」


「まあ、たしかに……。けど、そのわりにオレとか他のみんなは大体現実のまんまだぞ?」


「リアリティーを追求しました! 現実にいる人をモデルにしたほうがより現実的な物語が展開できると思ったんです!」


 この設定で「リアリティー」なんて単語が飛び出すとは思わなかった。


「それにです……。ウララちゃんが私を好きだったりとかは自惚れじゃなくてけっこう当たってると思うんです! そういった内面も現実的に描いたつもりですよ!?」


 言われてみればたしかに以前、テルやイサミんがホメ子さんを好きなんじゃないかと勘違いしたこともある。本当に「勘違い」だったのかは今でもわからないのだが……。

 そう考えると、ホメ子さんの観察眼はなかなか鋭いのかもしれない。


「なんでも褒めるホメ子さんがオレだけは絶対褒めないとこまで忠実に再現してあるしな。言われてみればなのかもしれないな」


「当たり前です! そこは私の感情なんですから、完璧に再現しています!」


「どういう感情が働いたら、オレだけ例外になるんだよ?」


 この問いかけにホメ子さんは一瞬無言になった。なんかマズいことを言っただろうか?


「……鈍感バカラス」


「おいおい……、なんで急にディスられてるんだよ?」


「鈍感バカラスだからです! いいえ、烏のほうがまだ賢いかもですね!」


 ホメ子さんは急にそっぽを向きはじめた。もうちょっといい部分から話した方がよかったのかもな。


 オレは気を取り直すつもりで一度咳ばらいをした。


「その……いろいろ言ったけど、総じておもしろかったよ。飽きずに最後まで一気読みだったし、友達が登場人物だからイメージも感情移入をしやすかった」


「最初からそう言えばいいのですよ、本当にバカラスなんですから」


 彼女は小さい声でそう言った。


 その時、廊下から賑やかな話声が近づいて来て、部室の扉が開いた。


「カラス、ホメ子さん、早いな。どこに行ったのかとみんなで話してたとこだよ」


 やってきたのは、テル、イサミん、リンさん、ウララさん。


 ホメ子さんの書いた物語に名前とあだ名がそのまま登場する文芸同好会の部員だ。容姿や性格、口調も含めて人物設定までほぼすべて一致している。


「ああー! それホメ子さんの書いた小説でしょ! 私たちももらって読み終わったところよ」


 そう言ってホメ子さんの横に座ったのは金髪の眩しいウララさんだ。


「私が数学嫌いだから勉強してるとことかよく観察してるよね? ホメ子さんに対する感情はウフフって感じだけど?」


 ――ウフフってなんだ?


「漢字テスト中にスズメバチが入ってきて騒いだのって実際あったよな? あれをこんな物語にするんだからホメ子さん才能あるんじゃないのか?」


 テルはそう言いながらオレの正面の席に座った。


「僕は後半ずいぶんとカッコいい役がまわってきたのに、仮面のおかげでギャグになってしまってたけどね。そういえば、テルが美術の授業でおかしな仮面作ってたよね」


 イサミんは微笑みを浮かべながらテルの横の席をひいていた。


「私は最後がんばってましたけど、どちらかというと地味な感じでしたね。ブラにおふだを仕込んでるなんてありましたけど」


 リンさんは少し照れた顔をしながらとても美しい所作でイサミんの横に腰を下ろした。


 みんないろいろと感想を述べていた。ホメ子さんの小説は概ね好評のようだった。たしかに、みんなの話を聞けば聞くほど彼女の観察眼には恐れ入る。なにかを「褒める」のはそれなりに観察していないとできないことなのかもしれない。



「「「「だけど」」」」


「俺が暗殺家はさすがに驚いたけどな」

「私が霊を祓えるなんてちょっとびっくりしましたけど」

「僕が勇者なんて恐れ多い話だけどね」

「私が異能力者の設定には無理があるけどね」



 なぜか特異な能力の設定だけ全員同じタイミングで否定した。


――そして、ほんの一瞬の静寂。



 オレが普通と思っている『日常』が果たして誰から見ても同じ『日常』なのか? か……。


 そういえば、この小説、ホメ子さんはなんてタイトルを付けたんだ? オレは冊子を閉じて表紙に目をやった。



『ホメ子さんはお見通し』


「!?」




―完―



※「ホメ子さんはお見通し!?」 あとがき

https://kakuyomu.jp/my/works/16817330655357349823

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ホメ子さんはお見通し!? 武尾さぬき @chloe-valence

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