第3話 夢の中のテルと凛としたリンちゃん

 この状況で、我関せずと寝ている男もいた。彼は「谷地田 輝(やちた てる)」。クラスの中では、オレと比較的よく話す仲で「テル」と呼ばれている。


 いわゆる「不真面目」な生徒ではないのだが、今日はたまたまなのか、この騒がしい教室の中で机に突っ伏して夢の世界に旅立っているようだった。天然の色なのか、灰色の髪をのせた後頭部が妙に目立って見えた。


 ホメ子さんは、背中に蜂を乗っけたままで席についている。オレより前の席にいるので表情は確認できないが、少なくとも狼狽した様子はまったくない。彼女の周りの席の生徒は、立ち上がって距離をとっていた。口々に「ホメ子さん、ホメ子さん」というが、誰も手を出せないでいる。


 教室のみんなが彼女の背中に注目している。オレは自分の席からその様子を見守っていた。すると、蜂は前触れなく彼女の背中から飛び立った。



 次の瞬間、宙を舞う蜂へ向けてなにかが投げられた。それは、蜂には命中せずに真っすぐ飛んでいき、正面の黒板に直撃して落下した。そこで初めて投げられたものが現代文の「教科書」だとわかった。


「こらっ! 誰ですか!? 教科書を投げるとは何事です!?」


 先生の声が教室内に響き渡る。


 教科書を投げたのは、「夏木 凛(なつき りん)」。普段は非常に大人しい女子生徒で、ものを投げるなんていう攻撃的な行動をとったことにオレを含めて多くの生徒が驚いているようだった。

 日本人形を思わせるような真っすぐで長い黒髪、顔だちもそれこそ人形のように美しい人だ。


「……ごめんなさい、先生。ホメ子さんを助けようと思って」


「ありがとうございます、リンちゃん! 大魔神もびっくりの剛速球でしたね!」


「『球』じゃなくて『本』ですけどね」


 ホメ子さんの言う「大魔神」は、あの日本球界とメジャーリーグで大活躍した佐々木投手のことだろうか? どう考えても、例えで出てくる選手が年代的に古くないか、ホメ子さん。


 なに言ってるかわからない人は「プロ野球 大魔神」とかで調べてくれ。

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