第31話 アッシュ・ザ・キラーと親心

「はぁっ!? おかしいだろ、そんなの!」



 俺は深夜、いつもの公園で親父と通話していた。街自体が眠りについた時間帯に俺の大声はよく響いた。


『落ち着け。事実だから仕方ないだろう。例の依頼は取り消された。キャンセル料として半額の入金もされている。これでもう忘れろ』


 誉川への暗殺依頼が取り消された?


 まったく意味がわからない。もう殺す必要がなくなったということか。


 俺が時間をかけ過ぎたからか?


 いや、こんな依頼聞いたことがない。もしも、親父が連絡をくれる前に俺があの女を殺していたらどうなっていたんだ?


『よかったではないか? 我々は仕事で殺しをしている。個人的な恨みや快楽ではない。殺さずに報酬が入るのならそれでよいのだ』


 親父の言うことは正しい。俺たちの「殺し」は生きるための手段でしかない。ただ、それでも俺は納得ができなかった。

 これで誉川は俺にとってただのクラスメイトであり、滝本も同様に単なる友人に戻ったわけだ。


 本当にこれでいいのか。たしかに誉川が嫌いなわけではない。彼女を殺さずに済むならそれでいいのだが……。


「わかったよ、親父。また次の依頼があったらよろしく頼む」


 俺は聞き分けのいいフリをして電話を切った。外は蒸し暑く、脇や背中に軽く汗をかいていた。今は7月、夏休みが近づいてきていた。俺はしばらく「普通の高校生」に戻るのか。


 心がもやもやとする。依頼を果たす前に取り消された。


 俺が実力不足とみなされたのか?


 いや、最初から「卒業まで」という長い猶予のある依頼だった。俺は元々そこに疑問をもっていた。そして、なぜ対象が単なる女子高生なのか。彼女を守ろうとする存在がいるのはなぜなのか。


 仕事はもう終わった。だが、俺は納得いくまで今回の依頼について調べると決めた。そして突き止める。依頼主が誰なのか、なんの目的でこんな依頼をしてきたのか。


 ――その時。


 俺のスマホのチャットアプリに通知が入った。見てみると親父からだ。親父はスマホを電話以外の用途で使うことがほとんどない。一応、連絡手段として有名なチャットアプリの登録はしていたが、それで俺宛にメッセージを送ってきたのは初めてじゃないだろうか。


 メッセージの冒頭にはこう書いてあった。


『送信ごにこのめつせーじは削除する.お前もこれをよんだらすぐに削除するよう二』


 慣れないスマホ操作をがんばったのが、文面から伝わってきた。珍しく俺の中に優しく温かい感情が込み上げてくるのを感じた。


 俺はほんの少しの間、感慨に耽ったあとにメッセージ……いや、「めつせーじ」の続きを読んだ。それを読んで俺は2つのことに驚いた。



 1つは、親父が「滝本 勇」のことを調べるとともに依頼主についても調べてくれていたことだ。滝本について、経歴としてはごく普通の学生らしいが、不自然な点が散見されると記されていた。それは、書面上では普通なのだが、実際の彼を知っている人間がまったくいないという内容だった。


 実在する戸籍、住所、小中学校……それらは書面上たしかに存在している。だが、「滝本 勇」という人間、家族について知っている人が見当たらないのだという。この段階で危険を感じた親父は調査を中断したようだ。


 この内容は十分驚くに値する内容だった。しかし、続く依頼主に関する情報がさらに大きな驚きとなって、前の驚きを上書きしてしまった。


「これは……一体どうなっているんだ?」

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