第27章 サハギン仮面

 僕は、時の止まった空間でウララさんが謎の二人組と戦うのを傍観していた。彼女のことも、突然現れた二人も何者かわからない以上、ここで動ける人間と気付かれないようにしたかった。


 だが、前回の教室の時とは違い、ウララさんが明らかなピンチに陥っている。僕は自分の心に問いかける。ここで保身のために同級生を見捨てる者を果たして「勇者」と呼べるのか……。


否!


 僕はウララさんに加勢すると決めた。その時、たまたま耳にしたカラスくんとテルの話を思い出す。テルはなにか奇妙な仮面を持っていたはずだ。



 僕がこの世界に来て驚いたもののひとつに「アニメ」というものがあった。美しい絵で描かれた劇場がスクリーンの中で上映されるのだ。方法によっては超科学の結晶「スマホ」で見ることも可能だ。


 そして僕が最近はまっているアニメでは、仮面をつけたヒーローが悪を退治していく。なぜか見た目もそれほど変わっておらず、声も一緒なのに、仮面をつけると周りの人たちがその正体に気付かないのだ。


『あれはあくまで劇場での話だとは思うが……万が一にも現実の話を再現している可能性がある。もしかしたら、こちらの世界の人は仮面をすると人の判別ができなくなるのではないか?』


 いずれにせよ、このまま放っておいたらウララさんが危ない。運よく正体がバレなければ良し、気付かれた時はまたその時だ!


 僕はテルが鞄にしまっていた奇妙な仮面を取り出して自分の顔に付けた。しっかりと目の部分には穴が開いている。


『よし、これなら戦える。幸い、ここで派手に暴れても気付くのはウララさんだけのはずだ』


 僕はウララさんに襲い掛かっている裸に布を張り付けたような恰好をした女の背中に向かって声を上げた。



「そこまでだ!」



 振り返った女は、一瞬呆然と口を開けていた。きっとこの仮面のデザインが衝撃的過ぎたのだろう。ウララさんもこちらを見ているのがわかった。体の内側が猛烈に熱くなってくる。頼むから僕だと気付かないでくれ。


「なっ……なんだ、貴様は?」


 なんだ? と問われても僕はなんなのだろうか? ここで名前を名乗るわけにもいかない……。そういえば、カラスくんがこの仮面について、僕の世界にもいた魔物の名前で呼んでいた。


「ぼっ…僕の名は『サハギン仮面』!! 女の子に暴力を振るうやつはそれが女であっても容赦はしないぞ!」


 相対する女は口元でバカにするような笑いを浮かべた。僕だって好きでこの格好をしているわけではない。


「よくわからないけど、ここで動けるのは大したものね? だけど、私に歯向かうつもりなら痛い目見るわよ?」


「どうかな? 腕に自信があるならかかってくるといい。僕は逃げも隠れもしない」


 僕の態度が気にくわなかったのか、女はおそらく高速スピードで僕の後ろにまわり込もうとしたのだろう。


 だが……。


 その速さ……悪いが、僕には


 女が背中にまわり込む前に、僕は振り返ると右手に渾身の魔力を貯めて女の脇腹あたりに撃ち込んでやった。


「僕の魔法は近距離戦でも使えるんだ! ちょっと荒っぽいけどな!」


――セイントランスッ!!


 僕の魔力は光の槍となって女の脇腹を貫いた。この魔法は肉体を損傷させないが、霊体に直接ダメージを与える。この至近距離でまともにくらったらもう立ち上がれないだろう。


 女はまるで電気ショックでも受けたように、一度大きな痙攣をした後、その場に崩れ落ちた。さすがに立ち上がってくることはないだろう。


 僕がその女に目を向けていると、背中から声をかけられた。ウララさんの声だ。急に心臓が跳ね上がった。


「あっ……あの、サハギン仮面…様? 助けていただいてありがとうございます!」


 彼女はまるで初対面の人に挨拶をするように大きなお辞儀をした。


『や……やはり、この世界の人は仮面をすると人を識別できないのか、僕だとバレていないようだ!』


「いいえ、友達のために戦う君の姿に感銘を受けただけです」


 僕がそう言った時、この空間の時が動き出すのを感じた。いけない……、ウララさんが顔を上げる前に仮面を外して、テルの元に戻さなくては!


 空間は元通りになり、ウララさんは何事もなかったかのように、みんなの輪に戻っていた。僕もなんとか仮面を外してみんなの輪に入ったが、うまくテルの鞄に入れれなくてその場に落としてしまった。彼はそれを無言で拾っている。僕のことには気づいていないようだった。



 もし、今後同じような事態があるとしたら……あの仮面、もらえないかな?

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