第37話 もう一人の男

 ウララはホメ子を両手で抱きかかえたまま死を覚悟していた。


『やられた! 普通の空間じゃ浮いたりなんてできない……。私、ここで死ぬの? ああ、でも最後がホメ子さんと一緒なら本望かも……』



 彼女たちは地面に向かって落下している。



 だが、そのスピードはひどく緩やかだった。目を瞑り歯を食いしばっていたウララだが、その異変に気付き、目をゆっくりと開いた。すると、たしかに落下はしているのだが、まるで鳥の羽のようにゆっくりとした「速さ」だった。


 そして彼女たちの頭上には、先ほどの高速移動で仮面がどこかに飛んでいったのか、サハギン仮面だった男、イサミんがリンを抱えた状態で同じくゆっくりと落下している。


「やあ、ウララさん。気付かなかったと思うが、実は僕がサハギン仮面なんだ」


『イサミん、この状況でまずその台詞なんだ……。本気で気付かなかったと思ってるのかしら? それとも一周まわって高度なギャグなの?』


 ウララは今、心に浮かんだことは口に出さずにイサミんに問いかける。


「これは一体どういう状況!? 私たちなんか浮いてるっていうか、ゆっくりと落下してるんだけど!?」


「細かい説明は落ち着いたときにしようと思うが、僕にはこういう『力』があるんだ。――といっても、僕自身と女性3人同時は結構きつい。落下の衝撃はそれなりにあると思うけど我慢してほしい!」



 彼らの落下を遠目で見ながら、金のカメオの男は軽く舌打ちをした。


『あの仮面の男はなんだ? あんな力、初めてみるぞ。とにかく一旦退却して次のチャンs…ッ!!』


 男が屋上の扉から廊下に逃げ込もうとした時、腰のあたりに激痛が走った。思わず大声を上げそうになった……いや、あげようとしたが、その口は背後にいる男の手で塞がれていた。


「まったく何度も何度も……この俺が気付いていないとでも思ったのか? 毎度動けないフリをするのに苦労したぜ」


 そこにいたのはテル、彼は常に隠して持っている小刀で男の腎臓のあたりを抉るように突き刺していた。


「なんだか知らんが、貴様らはぶっ倒されたら消えるんだろ? これまで見た時もそうだったからな。死体を隠す手間が省けて助かる」


 テルは刀を抜くと、そこに付いた血をまるで手を洗った後にハンカチで手を拭うように自然な動作で拭き取ろうとしていた。しかし、拭くまでもなく、その血は蒸発するように消えていく。そして、時を同じくして金のカメオの男の体も消えてなくなっていた。


 彼は依頼がない限り、普通は人殺しを行わない。だが……。


『死体が残らんやつを俺はとは思わん。単なる害をなす敵だ』


 テルは、視界から消えたイサミんたちの浮いていた方角を見つめる。


『間違いなく浮いていたよな……。あれは滝本勇の力か? それとも杉浦灯のか? いずれにせよ、俺でもよくわからん能力のやつらがここにはゴロゴロいるようだな』


 テルは自身が持っている「憑依」の力を異常な力だと認識していた。それゆえに、他の異常な状況に対しての耐性も備えている。ただ、そんな彼であっても、つい先ほどまで目の前で起こっていた現象はわずかながら驚きをもたらすものだった。

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