第10話 凛さまは世界を救う

 私が入学する私立皐ケ丘学園高等学校には、とある大きな問題がありました。街の中に飛び出た丘の上に校舎は建てられています。


「この丘はその昔、徳の高い法師様が自ら御神体となって悪い霊を退けていた場所なのですじゃ」


 今は深夜の3時、3月に入り日中は春の気配が漂っていましたが、この時間帯はまだまだ冬の寒さでした。私はひとり黒のダウンジャケットに身を包んでいる。


 周りには何人もの黒い法衣を纏った除霊師がいました。彼らのほとんどは年老いていて、あと20年もしたら除霊師はこの世から絶滅してしまうのではないか、と心配になるくらいでした。


 この真夜中に私は、4月から通うことになる高校の正門の前に立っていました。


「御神体って……私は邪気しか感じ取れないのですが?」


「ええ、その通りです。元々地理的に邪気が集まりやすい場所なのです。そのため、御神体でそれを封じ込めようとしていたわけですじゃ」


「今はその力が働かなくなっているということですか?」


「少し違います。むしろ『逆』というべきかもしれません。この地に眠る御神体こそが今問題になっているのですじゃ」


「ええっと……ごめんなさい。よくわからないわ。説明してくれるかしら?」


 私に話をしてくれていた除霊師のお爺様はひとつ咳ばらいをしてから、先を語ってくれました。話が長くなるのなら、外に出る前に全部教えておいてほしかった。法衣だけでこの人たちは寒くないのかもしれませんけど、私は中に着こんでジャケットを羽織っていてもまだ寒いのです。


「この辺りは元々、自然豊かな土地でした。ですが、近年開発が進み、その姿は見る影もなくなっております。失われた自然の霊から怒りをかってしまったのですじゃ」


 霊は人間だけではなく、動物・植物にも存在しています。むしろそちらの方が割合としてはずっと多いくらいです。彼らは「霊」というより、「神」に近い存在として私たちは認知していました。


「自然の霊の怒りに、本来人を守るべき御神体が呼応してしまっておるのですじゃ」


「人間の自然破壊に、遠い昔の御神体様も一緒になってお怒りになっているということですね?」


「そうですじゃ。もしも御神体が目覚めてしまえばどんな災いが起こるかわかりませぬ。それだけはなんとしても阻止しなければなりません」


 私は周囲に渦巻く邪気を感じ取りながら、質問をしました。


「ですが、今までずっと御神体が目覚めてしまうようなこと無かったわけですよね? それがどうして……」


「覚醒させる『霊力』が無かったんです。それは普通の霊が持っている力とは別物でして……。多くの場合、神主や巫女といった神職に就いているお方がそういった力を持っておられます」


「つまり、その力を持っている方がここの悪霊や御神体にふれてしまうと危険なんですね?」


「そうですじゃ。わしら除霊師の組織は長年この学校に通う生徒にそういった力がある者がいないかを監視してきました。幸い、これまではその力を持った者はおらんかったのです」


 そこまで言ってお爺様は黙ってしまいました。沈黙がこの場を支配しています。


「今年はいるんですね? その『霊力』を持っている方が」


「うむ……。名前は『誉川 芽衣子』。この娘がこの学校で霊と接触すると非常に危険なのですじゃ」


「『ほまれかわさん』ですね、覚えましたわ。それで私はどうしたらいいのかしら?」


「この娘の周囲に霊が現れるようでしたら、すぐに祓ってほしいのです。なにかしらの接触がある前に」


「たしかに、それはご爺様たちには難しいお仕事ですね。学校生活をともにしないといけないわけですから」


「そうなのです。ですから、あなたに白羽の矢が立ったわけですじゃ。その若さで奇跡的な除霊の才を持つ『凛さま』に」


「わかりました。誉川さんが卒業するまでの間、彼女に近づく霊を祓い続けたらいいのですね」



 本当は除霊師なんてやってても楽しくありませんでした。その存在は表に出てはいけないようでして、夜中に人知れずひっそりと除霊をしたりしていました。周りはこのように老人ホームみたいで会話もあまり楽しくありません。


 ですが、今回私に任されるのは「私にしかできないこと」です。それにとてつもない災厄を未然に防ごうだなんて正義の味方みたいではないですか。私に除霊の才覚があると知ったとき、こういう展開を待ち望んでいました。


 そうです、私の力は世界を救う力なのです!

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