第6話 これが王都の冒険者ギルド

 冒険者ギルドへの道順を教えてもらい、その他にもいくつか細々とした質問をした後、俺はゴルドーの店を出た。手切れ金、所持品を売った代金、そこから服と鞄代を差し引いて、現在の俺の所持金は金貨百三九枚と少し。

 ゴルドーいわく、二食付きの安宿の宿泊費が銀貨一枚、そして金貨一枚は銀貨二十枚に相当するらしい。つまりただ食って寝るだけなら、七年以上暮らせるだけの金を手に入れたことになる。これはちょっとした財産と言えるだろう。もっとも、そんな生活に甘んじるつもりはさらさらないが。

 いくらかは銀貨と銅貨に両替してもらったので、ようやく買い物ができる。

 俺はとりあえず、屋台で軽食を買ってみた。記念すべき初の異世界料理である。

 といっても、別に見た目は地球の食べ物と変わらない。炙ったソーセージを薄焼きのパンで挟み、刻んだピクルスとソースをかけた、ホットドッグかブリトーに近い料理である。


「このソーセージは何の肉?」


 と店主に尋ねると、


「ダイアボアの肉だよ」


 という答えが返ってきた。

 ダイアボア。森に生息する巨大な猪型のモンスターで、凶悪な牙と猛烈な突進力の持ち主らしい。といっても行動パターンは単純で特殊な能力もないので、ある程度の腕があればそれほど強敵ではないようだ。肉と牙が高く売れるので、中堅の冒険者にとっては手頃な収入源なのだとか。

 モンスターの肉と聞かされて若干躊躇したが、覚悟を決めてかぶりつく。


「・・・・・・おっ、こりゃいけるな!」


 ソースは塩っ辛く、肉には独特の臭みがあったが、そんなの気にならないほど濃厚な旨味がガツンと来た。コンビニやスーパーで売ってるポークソーセージなんかより断然美味い。これで冷えたビールがあったら最高なんだが。

 しかし・・・・・・モンスターを狩って食べるのが当たり前なんて、この世界の人々は案外逞しいな。

 魔王に滅ぼされそうになっているようには全然見えないぞ。


 懐と空腹、両方を満たされた俺は、軽い足取りで冒険者ギルドへと向かった。

 そして、いよいよ到着したのだが・・・・・・なんだか思っていたのとだいぶ違う。

 俺の目の前で『冒険者ギルド』の看板を掲げている建物は、さほど大きくない二階建ての家屋で、一見するとごく普通の宿屋か酒場に見えた。

 いや、普通どころか、若干寂れているようにすら思える。

 建物に入ってみても、その印象は変わらない。

 内部には受付と思わしきカウンターがあり、依頼を待つ冒険者が時間を潰すための酒場がある。受付には強面の大男が退屈そうに座っており、また酒場には、人相の悪い男たちがこれまた退屈そうに座って酒や賭け事などに興じている。

 俺が想像していたのはもっと、エルフやドワーフ、小人ハーフリング妖精ピクシーなんかがいて、吟遊詩人の歌や酔った冒険者の手柄自慢で賑わっている場所だったんだが・・・・・・これじゃただの場末の酒場だ。

 俺は異世界に夢を見すぎなんだろうか。


「ようこそ冒険者ギルドへ。依頼か? それとも冒険者登録に来たのか?」


 受付の男に声をかけると、意外にも(と言ったら失礼だが)きちんとした態度で応対してくれた。見た目は強面だが、物腰には人を威圧するようなところがない。なんか仕事ができそうな感じだ。

 一方酒場にたむろしている男たちは、無遠慮な目でこっちをじろじろと見てきて、当然ながら良い気分はしない。

 俺が『戦闘のいろはを教えてくれる教師を探している』と伝えると、


「ふうむ、教師か。そいつはちょいと難しい依頼だな」


 受付の男は顎に手を当てて唸った。


「募集条件は最低でも青銅級にしなきゃいかん。無階級ノービスに教師なんか務まらんからな」


 冒険者は実力によってランク分けがなされており、無階級から始まって、青銅級ブロンズ白銀級シルバー黄金級ゴールド霊銀級ミスリル神鉄級アダマンティンと昇格していくそうだ。ただ下から二番目の青銅級になるのも簡単ではないらしく、それなりの実力を有し、何より確実に依頼をこなして信頼を積み重ねていく必要があるとのこと。

 依頼を失敗したり、放棄したりすることが多い冒険者はいつまでたっても無階級のままだ。そんな冒険者は結構たくさんいるらしい。


「報酬は・・・・・・そうだな。安すぎると誰も引き受けないが、高すぎると金に目がくらんだボンクラが寄って来て面倒なことになるかもしれん。命の危険がない仕事ってことを考えると、一週間ごとの契約で金貨三枚が妥当なところだろう。それでいいか?」


 金貨の価値を考えると週に三枚というのは決して安くないが、今の俺には十分に払える範囲内だ。


「わかった。その条件で頼む」

「よしきた、この内容で掲示板に貼り出すぞ。ただ一つ言っておくが、一日や二日で適任者が見つかるとは思わないでくれよ。そもそもウチには、人にものを教えられるほどの腕っこきなんてほとんどいないんだからな」


 それは薄々感じていた。しかし、どうしてだろう。

 その理由を尋ねると、受付の男は肩をすくめて答えた。


「冒険者ってのは危険な場所でこそ求められる仕事だ。だがここは王都エランディウム、国王陛下の騎士団に守られたエランドールで一番安全な街だ。近くに出るはみんな騎士が狩っちまうから、ギルドにゃ木っ端仕事しか回ってこないのさ。だから腕の立つ連中はみんな余所に行っちまうんだ」


「なるほど・・・・・・」


 言われてみれば納得である。だからこんなに寂れているのか。

 さっき食べたダイアボアも、狩ったのは冒険者じゃなくて騎士なのかもしれない。


「とにかく依頼は受け付けるが、最悪、余所のギルドから冒険者を呼び寄せなきゃいけないかもしれん。そうなりゃ一ヶ月か二ヶ月は待ってもらうことになるぞ」


 うーん、それは困る。

 とりあえず依頼を受け付けてはもらったが、別の手段を考える必要があるかも知れない。

 俺は頭を悩ませながらギルドを後にした。

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