第24話 ゴブリン王国の戦い

「おっと、あそこだな」


 ギルドマスターが片手をあげて、後続の冒険者たちを制した。

 全員が姿勢を低くし、木や茂みに隠れながらそろそろと進む。

 すると前方に開けた空間が現れ、その奥にぽっかりと穴を開ける大きな洞窟が見つかった。

 洞窟の入り口周辺には、粗末ならがも木材と石材を組み合わせたバリケードが建築されつつあった。その建設作業をしているのは何十匹ものゴブリンだ。

 杖を振り回して指揮するゴブリン・シャーマンや、巨大な丸太を軽々と持ち上げる、二メートル近い背丈のホブゴブリンの姿もある。


「ふむ。あの程度のバリケードならあってもなくてもかわらんな」


 ギルドマスターが言った。確かにその通りで、あちこち隙間だらけだし、高さも大したことない。どうやら急造品、しかも未完成のようだ。

 あれでは射撃武器や攻撃呪文を防ぐ役割は果たしてくれないだろう。


「よし、まずは遠距離攻撃で奇襲する。弓兵、呪文使い、合図したら一気にかませ」


 命令を受けた冒険者たちが無言で頷き、俺も精神を集中して呪文の準備をした。

 俺の隣では〈剛弓のグルド〉が弓を構え、慎重に狙いを定めている。


「なるべくシャーマンとホブを狙えよ。そいつらを片づけりゃあとは楽な仕事だ。さあ行くぞ──撃て!」

「──〈魔弾マジック・ミサイル〉!」


 俺は力ある言葉を解き放ち、七発の魔法の矢を射出した。

 俺の呪文構成力で同時に撃てる限界の数だ。ギルドマスターに言われたとおり、雑魚は無視してシャーマンとホブゴブリンだけを狙う。

 それと同時に、他の呪文使いが放った〈火球ファイア・ボール〉が一発、〈連鎖雷撃チェイン・ライトニング〉が一発、群れの中に飛び込んで威力を炸裂させた。

 森の中に爆音と雷鳴が轟き、吹っ飛ばされたゴブリンと破壊されたバリケードの破片と土煙が空高く舞う。

 そこに降り注ぐ矢の嵐。いや、射手の数が多くないので嵐と呼ぶにはちょっと寂しいが、とにかくさらなる追撃が加えられ、ゴブリンたちは大混乱に陥った。


「おおし、突っ込めお前ら!」

『うおおおおお──っ!!』


 前衛の冒険者たちが、それぞれの武器を手に雄叫びをあげて突撃した。

 その中には〈半剣のガラム〉と〈剛槍のギラン〉もいた。

 〈剛傑団〉の三人は先日のトレイン行為の罰金を払うために、今回の依頼には無償参加となっている。


「どりゃああっ! 俺様の〈巨人半殺し〉の錆となれい!!」


 あっ、その名前採用したんだ。

 でもその長さで巨人を半殺しにするのは無理だと思う。巨人ってかなり強いらしいし。

 冒険者たちはめちゃくちゃに乱れたゴブリンの隊列の中に勢いよく切り込み、相手に組織的な反撃を許すことなく一方的に血祭りに上げている。

 さすがにただのゴブリンに苦戦する者はおらず、シャーマンやホブゴブリンは初撃で倒されるか、手傷を負っており、まともに反撃できる状態ではない。

 奇襲が効いている。

 となると、後警戒すべきなのは──


「増援来るぞ! 気ぃつけろ!」


 新しく洞窟から出てくる連中だ。

 ギルドマスターが叫ぶと同時に、数匹のホブゴブリンに守られた新しいシャーマンが現れた。


「■■■■──」


 杖を高くかかげ、早口で“力ある言葉”をまくし立てている。

 杖の先に魔素が凝結し、それは輝く炎の塊となったが──


「〈雷撃ライトニング・ボルト〉!」

「──ギガッ!?」


 そのタイミングを狙って、俺は呪文を叩き込む。

 瞬間、稲妻の直撃によって精神集中を乱されたゴブリン・シャーマンが、その場で〈火球〉を暴発させた。


「アギャアっ!?」

「グガッ・・・・・・!!」


 突如として至近距離で発生した大爆発に、護衛のホブゴブリンたちが薙ぎ倒される。

 即死こそしなかったものの、勢いづく冒険者たちに四方から攻撃され、ほどなく一匹また一匹と倒れていった。


「今のは上手かったな!」

「ああ、狙い通りに行ってよかった!」


 ギルドマスターの賞賛に、俺は軽く手をあげて応えた。

 呪文構成力の低い魔法使いは、二つの同時に呪文を使うことができない。

 つまり攻撃呪文と防御呪文を同時に使うことができないので、攻撃している間は無防備になり、防御を固めている間は攻撃に出れないということになる。

 ゴブリン・シャーマンはゴブリンの中ではエリートで魔法の使い手とはいえ、術師としての力量は決して高いとは言えない。

 奴らが呪文攻撃の準備をしている最中は、こちらにとって絶好の好機なのであった。

 その後、戦いは完全な掃討戦となり──


「こいつで最後の一匹だ!」


 ガラムが〈巨人半殺し〉で最後のゴブリンを叩き潰し、洞窟前のゴブリンたちは全滅した。

 周辺は死屍累々といった有様で、百匹近いゴブリンの死体が散らばっている。

 幸いなことに、冒険者の死体はひとつもない。

 さすがに数人は手傷を負ったが、治癒呪文や霊薬を使うまでもない軽傷だった。


「かなり倒したな。もう中にはあんまり残ってないんじゃないか?」

「おそらくそうだろうな。だがまだ王がいるはずだ。油断はできん」


 冒険者たちが傷の手当てをしたり、武器の手入れをしているのを見ながら、ギルドマスターと話す。

 王とは、その名のとおりゴブリン王国を統率する存在のことだ。

 実はゴブリンでないことのほうが多く、トロルやオーガである可能性が高いという。

 彼らがゴブリンを奴隷兼食料として使役し、そのような群れが巨大化することでゴブリン王国が生まれることが多いのだとか。

 〈怪物誌〉によると、トロルは危険度レベル四。オーガは危険度レベル三。どちらも三メートル近い巨体と凄まじい怪力を誇るモンスターだが、トロルはそれに加えて、炎以外の攻撃で受けた傷が高速で治癒するという種族的特性を持っている。

 倒すには火炎系の呪文や、火属性の魔導武器マジック・ウェポンが必要だ。


「〈火球〉はまだ撃てるか?」

「うん、あと二発くらいなら」


 軽く目を閉じ、自分の内側に残っている魔素の残量を探りながら、俺はそう応えた。

 この場には火属性の武器の持ち主はいないので、トロルがいたら呪文が頼りになる。ギルドマスターは他の魔法使いにも魔素の残量を尋ね、大きく頷いた。


「よし、それなら行けるな。お前ら、そろそろ休憩は終わりだ。中に突入するぞ!」


 と、そうギルドマスターが宣言した時──


「そこまでだ、冒険者ども!」

「どわっ!?」


 突然、巨大な軍馬を駆り立てる数人の騎士たちが森の中から現れた。

 軍馬に蹴飛ばされそうになったガラムが悲鳴をあげながら飛び退く。


「くそったれ、間に合わなかったか」


 ギルドマスターが舌打ちした。

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