第23話 ゴブリン王国攻略隊
──勇者が弱いうちに先制攻撃を仕掛けて殺してしまえば、魔王は簡単に勝てるんじゃないか。
王道RPGのシナリオに対して、そんなことを思ったことはないだろうか。
いや、もちろんこれは無粋なツッコミだ。
スタート開始直後に魔王が襲って来たら、ゲームなんて成り立たない。
だけどもし魔王が真剣に勇者を始末しようと考えているなら、こいつをやらない手はない。
俺は王宮から追放された時、そのことを考えてちょっとビビった。
今にも魔王かその手先が目の前に現れて、俺をぶっ殺すんじゃないか、と。
そしてギルドでベルフィオナに出会った。
超一流の実力を持ち、何故だか俺の師匠を熱心にやりたがった少女。
その理由にはひとつしか心当たりがなかった。勇者が授かるという固有能力だ。彼女はその性能を知りたかったのではないか。
ではそれを知りたがるのベルフィオナとは一体何者か?
いろいろと考えた末、やはり魔王キュアノマイアの手の者だという可能性が一番高そうに思えた。
そしてその推測は、昨夜の会話でかなり確信に近づいた。
おそらく彼女の目的は、召喚された勇者がキュアノマイアの脅威たりうるのかを知ること。
知った後、どうするつもりだったのかはわからない。
だが、殺すつもりがあるとは思えなかった。
殺すことに躊躇いがないなら、わざわざ師匠役を買って出るなんて回りくどいことをせずに、最初から毒でも盛るか背中でも刺せばいい。
それをしなかったのは、無為に命を奪いたくないからじゃないか?
それがキュアノマイアの指示なのか、師匠自身の意志なのかは今のところわからない。
ともかく俺は修行をつけてもらうことにした。
この世界を生き抜く力を手に入れるためでもあるし、師匠を通じてキュアノマイアと何らかの繋がりを持てるかも知れないと考えたからだ。
正直に言って、最初は彼女に〈ドミネイター〉を使ってキュアノマイアの情報を聞き出すことも考えた。
いやそれどころか、キュアノマイアのもとまで連れて行ってもらって、キュアノマイアに〈ドミネイター〉で『死ね』と命じることも考えた。
でも結局は、実行に移さなかった。
キュアノマイアに〈ドミネイター〉が通じるかは不明だし、仮に通じて殺せたところで、それで日本に帰れる保証もない。
また、キュアノマイアが殺されるべき邪悪な存在だという確証もない。
それがわかるまでは、たとえ魔王が相手でも安易に『死ね』なんて命令はできない。
それに何より──
短い付き合いではあるが、俺はベルフィオナが悪い奴には思えなかったし、師匠を務めてくれたことに感謝していた。
彼女を操り、悲しませるようなことはしたくなかったのだ。
そして七日目がやってきた。
いい加減、全てに結論を出すべき頃合いだ。
ギルドマスターはゴブリン王国攻撃隊の集合場所に、俺と師匠が修行場にしていた森の中の空き地を選んだ。位置的にも広さ的にもちょうどよかったためだ。それに街の中で集合すると、何かあると騎士団に見抜かれる可能性がある。
「よおし、全員揃ったな!」
『おう!』
一堂に会したエランディウムの冒険者たちが、威勢良く返事をした。
俺と師匠もその中の一員だ。師匠は無言だったけど。
一行はギルドマスターの先導のもと、森の奥、〈剛傑団〉が発見したゴブリン王国の本拠地を目指して出発した。
「──っと、忘れてた。イサミ、こいつを受け取りな」
途中、ギルドマスターがそう言って俺に何かを投げ渡した。
こういう時落っことすと非常に恥ずかしいのだが、師匠との訓練でだいぶ鍛えられたおかげで、カッコよくキャッチすることに成功した。ふう。
渡されたのは、鉄製と思わしきメダリオンだった。首からかけるための鎖が通してある。
「これは・・・・・・ひょっとして認識票?」
「おう。
メダリオンを見ると、表にはこの世界の文字で『イサミ・クロノ』とあり、裏には交差する剣と杖のマークが刻印されていた。
「無階級のうちは細かい情報は乗らん。誰も知りたがらねえからな。だが剣魔術師は珍しいから、そいつを見せれば他の無階級より多少は仕事が見つかりやすいかもしれん」
「なるほど・・・・・・ありがとう、ギルドマスター。大事にするよ」
「いいや、するな。さっさと青銅級になってそいつは捨てろ。あの模擬戦の戦いができりゃ、そう難しくはねえはずだぜ」
「はは、了解」
鎖を首にかけ、メダリオンを胸当ての内側に押し込む。
こうしておけば戦闘中に暴れ回って邪魔になったり、どこかに引っかかることはないだろう。
「今回の戦い、お前は後方支援に徹してもらうぞ」
と、ギルドマスターが続けて言った。
「うちにいるのは大半が前衛で後衛が足りてねえ。だから今回、お前には純粋な呪文使いとして戦ってもらう。前に出ていいのは、敵が潰走を始めた時だけだ。いいな?」
「わかった。援護射撃が俺の仕事だな」
「そういうこった」
味方の背中にぶち当てないか少々心配だが、弓と違って呪文はある程度自分の意志で軌道を操作できる。慎重に撃てば大丈夫だろう。
「師匠、何かアドバイスをくれないか?」
「・・・・・・えっ、何か言った?」
俺が声をかけると、珍しく師匠が上の空だった。
「いや、何かアドバイスは無いかなって」
「アドバイス? ・・・・・・そうね、絞りを忘れないで」
「絞りか。了解」
絞りというのは魔法使い用語で、魔素の節約のことである。
的確に敵の弱点を突き、最小限の魔素消費で戦闘を終わらせると、「絞りが上手い」と言われる。
逆に、死にかけの敵に最大火力の呪文をブチ込んだりすると「絞れていない」と言われる。
「あなたは魔素容量が大きくない。絞りは常に大切」
「む。そんな気はしていたけど、やっぱりそうか」
わかってはいたが、ズバリ言われるとキツいな。
魔素容量は訓練してもほとんど伸びない、と〈第一魔法原理〉に書いてあった。
こいつはさすがに、〈ドミネイター〉じゃどうにもならない問題だろう。
どうしても表情が暗くなる。
「あっ・・・・・・でも、魔素容量を補う手段は、無くはないから」
俺が考え込んでいるのを見て、師匠が微妙に慌てた様子でそう言った。
「古代エルフの秘宝に、魔素容量を高める指輪があるし・・・・・・金貨二十万枚くらいするけど」
「げっ、城が十個建つじゃねえか」
「高位の精霊と契約すれば、その力を借りて呪文が使えるようになる。滅多に見つからないし、ほとんど契約してくれないけど」
「うーん、望み薄だな」
「あとは・・・・・・他の魔法使いと
と、そこでギルドマスターが口を挟んだ。
「ほう、そいつは初耳だな。そんな技術があるのか?」
「とても古くて難解な契約魔法だから、今ではほとんど誰も使えない。それに一度結ぶと断ち切れないとか、リスクも大きい」
「なるほど。自分の魔素を勝手に他の誰かが使っちまうなんて、普通の魔法使いならまず受け入れんだろうな。それで廃れちまったわけか?」
「恐らくそう」
「それじゃあ、俺と契約してくれる魔法使いを見つけるのも難しそうだな」
「む・・・・・・それはその通り。でも・・・・・・いや、なんでもない」
師匠は何か言いたげに口元をもにょもにょさせていたが、結局は口に出さなかった。
それにしても、昨日からなんだが妙にお喋りというか、感情豊かになった気がする。
今の話題も、たぶん俺を慰めてくれているのだろう。
師匠が提示した解決法はどれも可能性が低すぎて、かえって絶望感が増したんだが・・・・・・
そいつは言わぬが花ってもんだ。
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