第22話 夜会話その二

 勇と別れて自分の部屋に戻ったベルフィオナは、周囲に透視と盗聴を防ぐ結界を張ると、ポーチからひとつの魔導具を取り出して机の上に置いた。

 見かけは拳ほどの大きさの水晶玉。その正体は、長距離通信用魔法に用いる宝珠である。

 両手をかざし、魔素を送り込んで起動すると、水晶の中にぼんやりとした影が浮かび上がった。

 近距離であれば鮮明に相手の姿を映すこともできるが、通信の相手とは数千キロ離れている。

 ただ、彼女の魔力をもってすれば声を送り届けることは可能だ。


マスター、聞こえる?」

『ああ、ベルフィオナ。よく聞こえるぞ』


 いくらか不明瞭ではあるものの、ハッキリと聞き取れる声が宝珠から発された。

 凛然として、鋭い知性を感じさせる中性的な声だ。


『どうだ、勇者は。修行をつけてやったのだろう?』

「剣も魔法も、普通ではあり得ない早さで上達してる。技術だけなら、一年でわたしを追い越すかも知れない」

『そうか。ではやはり、何らかの特異な力を授かっていると考えるべきだな』

「うん。でも、上達が早いだけで肉体的には普通の人間だし、魔素容量も魔素収集力も平凡」


 ベルフィオナはしばし沈黙し、


「どれだけ努力しても、なれるのはせいぜい第三階梯レベル3古代竜エルダー・ドラゴンはおろか、普通のドラゴンにも勝てないと思う」


 そう告げた。すると、微かに胸が痛んだ。

 イサミ・クロノ。

 黒い髪と黒い瞳の、異世界から召喚された勇者。

 何か特異な力を持っているのはおそらく間違いないが、それが古代竜の命を脅かすものだとは思えない。

 もし彼が、故郷への道を見い出すために白竜キュアノマイアと戦ったらどうなるか。

 ──手を触れることもできずに死ぬだろう。

 それがベルフィオナの出した結論だった。


「彼の話では、勇者は他にもまだ二人いる。もう少し王都に残って情報を集めてみる」

『状況を考えると、あとの二人にも大した能力は無さそうだな』

「わたしもそう思う。なんてことが可能とは思えない。でも一応、確かめてみる」

『気をつけろ。王国の中枢と過度に接触するのは危険だ。特に宮廷魔法使いのヴァルナードは油断ならぬ』

「うん。無理はしない」


 それからしばしの間、ベルフィオナと宝珠から聞こえる声の主は、細々とした情報を交換した。

 王都の情勢。外から見た王宮の様子。人々の間に流れる噂。

 それからイサミ・クロノが先ほど話したことについて。


『──ニホン? 彼はニホンから来たと言っていたのか?』

「そう。とても驚いた」

『ふむ、わたしも驚きだ。そうか・・・・・・それで、どんな奴だ? もう少し詳しく教えてくれ』

「うん・・・・・・悪い人ではない。少し子供っぽいところはあるけど、修行には熱心で、泣き言も漏らさない。一緒に召喚された他の二人を故郷に帰してやりたいと言っていた」

『ほう。では、わたしの首を取るつもりでいるのか?』

「そんなことはしない・・・・・・と思う」


 いくらか焦ったように、ベルフィオナが言った。


「修行の最中、模擬戦でわたしは散々彼に痛い思いをさせた。修行だから仕方ないけど・・・・・・でも彼は、わたしにたった一回反撃を当てるのも嫌がった。優しい人だと思う。キュアノマイアが戦いを望んでいないと知れば、たとえ故郷へ帰るためでも命を狙ったりはしないはず。・・・・・少しだけ、お父様を思い出した」

『それはそれは。ふふ、ずいぶん気に入ったようだな』

「べ、別にそんなことない。ただちょっと似ていると思っただけ」

『そうか? お前がこんなに饒舌になるのは珍しいと思うがな』


 からかうような声音が宝珠から届き、ベルフィオナは微かに頬を赤らめた。


『修行をつけるのは一週間の契約だったな。その後は彼をどうするつもりだ?』

「わからない・・・・・・どうすればいいと思う?」

『それはお前が自分で決めることだ。まだ師を続けたいのならそうすればいい』

「でも・・・・・・わたしは・・・・・・」

『立場や種族のことは考えるな。重要なのはお前がどうしたいかだ。わたしとしては一度会ってみたいから、彼を連れてきてくれると嬉しいのだがな』

「会ってどうするの?」

『久々にニホンの話を聞きたい。あの人の故郷だからな。ところで、イサミというのは良い男か?』

「なんでそんなこと聞くの・・・・・・」

『いやなに、あの人が逝ってからずいぶん経つだろう。わたしもそろそろ、一人寝が寂しくてな』

「・・・・・・何言ってるの! そんなのダメだから!」

『ほう、どうしてだ? 勇者をねやに招いたことなら前にもあるぞ。お前もよく知っているだろう』

「と・・・・・・とにかくダメ。もう寝るから切る。おやすみなさい、お母様!」

『おやすみ、我が娘よ』

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