第25話 予期された再会
反射的に、俺は木の陰に身を隠して騎士の視線を避けた。
騎士の一人には見覚えがあった。確か、俺が召喚された時にエドムンド六世の一番近くに控えていた奴だ。
なんとなく、今この場で俺の存在がバレるのはマズい気がした。
気がつくと師匠も同じ木の陰に隠れ、ぴったりと俺に身を寄せていた。
「ケンドリック。今さら登場して手柄を横取りする気か?」
ギルドマスターが不機嫌さを隠そうともしないしかめっ面で、馬上の騎士を睨み上げる。
相手は完全武装の騎士だが、いささかも怯む様子がない。
「いくら元霊銀級とはいえ口が過ぎるぞ、ジェラルド。騎士には敬意を払え」
「ふん。横から手柄をかっさらいに来るハゲワシどもに払う敬意なんぞあるか」
うおっ、完全に喧嘩売ってる。
そして驚愕の新事実。ギルドマスターって元霊銀級だったのか。
道理で模擬戦ではめちゃくちゃ強かったし、霊銀級の師匠に対してまったくへりくだる様子がなかったわけだ。
名前はジェラルドというらしい。
「まあいい、冒険者に礼儀など期待せんよ。ただ犬のように命令に従えばそれでいい。──聞け、貴様ら! この場は我々王立騎士団が預かる! 反逆罪に問われたくなければ今すぐ解散せよ!」
その言葉にあちこちで冒険者たちの恨みがましいつぶやきが漏れた。
だが、表だって騎士に反抗する者はいない。
いくら不満はあっても、さすがに王の配下と争うつもりはないようだ。
「心配せずとも、ここにあるゴブリンの死体にはギルドを通して報酬を支払ってやる。さあ、散れ!」
「・・・・・・ちっ。仕方ねえ。帰るぞお前ら!」
ケンドリックの宣言にギルドマスターがそう応えると、不満たらたらという感じではあったが、冒険者たちは重い腰を上げ始めた。
この討伐、本命はゴブリンが巣穴の中にため込んでいるであろう財宝と、王の首であったのだが・・・・・・どうやらそれは、諦めざるを得ないようだ。
「まあまあ嫌な奴らみたいだな、王立騎士団は」
「・・・・・・ミュールの
ぽつりと漏れた俺の呟きに、師匠が小さい声で反応した。
とはいえ、仕方ない。俺たちも撤退しなくてはならないようだ。
と、そう考えていたところへ──
冒険者たちが去って開けた洞窟前の空間に、森の中から一台の馬車が現れて停車した。
黒を基調とし、黄金色の装飾が施された、見るからに高級感溢れるデザインだ。精悍な二頭の軍馬によって牽かれている。
そしてその馬車には車輪がなく、客車は地面から一定の距離を保って浮遊していた。
客車自体が、〈
これならば道なき森の中も快適に進めるだろう。
どう考えても、途轍もない高級品。おそらく王家の物だろう。
乗っているのは何者だろうか。
まさかあいつらか?
その答えはすぐに明かされ、俺の予想は的中した。
馬車の扉を開けて降りたったのは、大和一輝と村瀬真優の二人だった。
「・・・・・・ニホン人?」
師匠が小声で囁き、
「ああ。昨日話した俺の同郷だ」
俺は頷いた。
二人はもはや、王宮で別れた時の学生服姿ではなかった。
一輝はミスリル製と思わしき銀色の胸当てや小手、脚甲で身を固め、輝くように白い騎士風のマントを身につけている。腰には長剣を帯び、まるでおとぎ話の勇者そのものという格好だ。
真優はローブ姿だった。一輝のマントと同じく、その色は一点の汚れもない輝くような白。手には身の丈ほどの、同じく白の杖を持っている。その先端には、石英を思わせる白い結晶が据えられていた。
「──それではカズキ殿、マユ殿、よろしくお願いいたします」
ケンドリックが恭しく頭を下げ、二人を洞窟の入り口に促した。
「ちッ、冒険者にかなり横取りされてんじゃねえか。俺の獲物は残ってんだろうな?」
一輝が腰の剣を抜いて、調子を確かめるように数度振り回し、
「うっ・・・・・・酷い臭い、です」
真優が口元に手をあて、顔を青ざめさせてよろめいた。
確かに辺りには、ゴブリンのまき散らされた血や内臓でとんでもない臭いがしている。
それにいくら人間のものではないとはいえ、こんな死体だらけの場所では気分も悪くなるのは当たり前だ。
だが一輝はそんな真優の様子を気にもとめず、
「行くぞ。俺について来い!」
無邪気な子供のように笑顔を浮かべ、意気揚々と洞窟の中に入っていった。
真優はいかにも辛そうな様子だったが、それでもなんとか気力を奮い立たせ、一輝を追い洞窟に入っていった。
ケンドリックをはじめとする騎士たちは下馬し、馬車の周辺で待機するようだ。
まさか、二人だけで洞窟の中を掃討させるつもりなのか?
俺たち三人がこの世界に召喚されて、また十日も経っていない。
俺と違ってあの二人には強力な
それなのに、王宮はたった二人でモンスターの巣穴に突入させるのか。
国王や聖女は何を考えている・・・・・・?
「師匠。悪いけど、先に帰っててくれないか。俺はあの二人に用がある」
なんだか嫌な予感がしてきた。
このまま放ってはおけないと、俺の直感が告げていた。
「何をするつもり?」
「なんとか洞窟に忍び込んで、あいつらと話してみる。こんなことはやめさせないと」
聞いてくれるかどうかはわからないが、とにかく話だけはしてみないといけない。
しかし、どうやって洞窟に忍び込むか。
まだスマホのバッテリーは少し残っている。
〈ドミネイター〉を使えば騎士の目をかいくぐることは容易い。だかこの状況では、師匠にそれを目撃されるだろう。
他者の心を操る力。そんなものを持っていると知ったら、彼女は俺をどうするだろうか?
また彼女の背後にいるであろうキュアノマイアは?
それを考えると、迂闊な行動はできない。
特に今は、俺が何かしでかせば一輝と真優も巻き込まれる可能性がある。
しかし、他に手段が──
「おうおうおう、お前ら!」
──そこに、〈剛傑団〉が現れて騎士たちに突っかかっていった。
「やっぱり気に食わねえから戻ってきたぜ。他人の手柄を横取りようなんざふてえ野郎どもだ!」
「おう、ガラムの兄貴の言うとおりだ!」
「兄貴は曲がったことが大嫌いなんじゃい!」
マジかよ、〈剛傑団〉。まさか王立騎士団に喧嘩売るなんて、お前らそこまでアホだったのか!?
ギルドマスターの対応を見て、自分まで偉くなったと勘違いしてしまったのか!?
だが、この状況では──ナイスアシストだ!
「失せろ犬ども。これ以上騒いだら牢屋に叩き込むぞ」
「誰が犬だ、このハゲ──!」
騎士たちは怒りと言うよりも呆れの態度で、〈剛傑団〉の相手をしている。
さすがに戦いにはなっていないが、洞窟への注意は十分に疎かになっている。
「すまん師匠。また後で!」
「あっ、イサミ──」
何か言い掛けた師匠をその場に残して、俺は素早く洞窟の中へと滑り込んだ。
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