第28話 思えよクソ野郎

 トロルの巨体が、地響きを立てて地に倒れ伏した。

 その体はもはやぴくりとも動かず、傷が再生を始めることもない。

 ──倒した。

 そう確信した瞬間、自己催眠の効力が終了し、戦闘中はまったく感じなかった諸々の感情と感覚がどっと押し寄せてきた。

 何度か深く呼吸して、落ち着きを取り戻す。


「いだだ・・・・・・他に方法がなかったとはいえ、酷いやり方だったな」

 

 トロルの体内に突っ込んで〈火球〉を発動した右腕は、爆発に巻き込まれて酷い火傷を負っていた。

 指が吹っ飛んでいないのは幸いとしか言いようがない。


「っと、そうだ・・・・・・おい、大丈夫か?」


 慌てて真優のほうに駆けより、様子を確かめる。

 見たところ外傷はない。ただ極度の疲労により気を失っているだけのようだ。

 運が良かった。あと少し遅ければ、俺が目撃していたのはトロルに食い散らかされる彼女の姿だっただろう。

 それにしても一輝の野郎、あれだけ偉そうな態度をしておきながら、この子を一人残して逃げ出すとは・・・・・・

 ほとほと呆れた。

 勇者がやりたいなら、最初から最後までそれらしくやり抜けってんだ。

 仲間を見捨てて逃げる勇者なんてものがあるか。


「さて、問題はこの後だな・・・・・・」


 真優の命を助けることには成功したが、ハッキリ言って状況は良くない。

 一輝はもうとっくに洞窟から飛び出して行ったことだろう。

 となれば、洞窟の入り口にいた騎士たちは、中に真優が一人で取り残されていることを知ったはずだ。

 もうすぐ突入してくるに違いない。彼らに真優を助けるつもりがあればだが・・・・・・

 スマホのバッテリー残量はあと僅か。〈ドミネイター〉でそいつらを凌ぐことはできるだろうが、その後が問題だ。


「・・・・・・とりあえず、目標は国外脱出だな」


 とにかくエランドールの王宮から離れる。それが最優先事項だ。

 それから奴らの影響力が及ばない地域に逃げ込む。

 王都で情報を集めはつけているが、師匠の意見も聞いたほうがよさそうだ。

 俺の中で方針が固まった、その時。


「いやはや、実に意外な展開になりましたな」


 予想通り、一人の騎士が俺の前に現れた。

 ギルドマスターにケンドリックと呼ばれていた男だ。


「カズキ殿は逃亡。マユ殿は失神。まさか無能として追い出されたあなたがトロル殺しを成し遂げるとは・・・・・・たった一週間で、いっぱしの冒険者になったようですな?」


 慇懃無礼という奴か。侮りの感情を隠しもせず、ケンドリックは話しかけてくる。


「あんた、ケンドリックって言ったか? 見ての通り、一輝もこの子もとても勇者なんてやれるほど強くない。だからもう、魔王退治なんてやめさせてはくれないか。どう考えても無茶ぶりだってもうわかってるだろ」


 受け入れられることはないだろうと思いつつも、俺はそう要求した。

 もちろん、ケンドリックは俺をあざ笑うのみだった。


「いや、そういうわけにはまいりませぬ。確かに勇者召喚は失敗に終わったようですが、しかし失敗作には失敗作なりの使い方があるというのがレノア様のお考えでしてな」

「失敗作、か。ずいぶんな言いぐさだな」


 腸が煮えくり返るとはこのことか。

 腹の底から、抑えようのない怒りがこみ上げてくる。

 正直に言えば、この場でぶった斬ってやりたい。

 だが、こっちは疲労困憊で魔素も尽きている。一方向こうは万全の状態で、そもそもおそらく俺よりもずっと格上だ。

 戦って勝てる見込みはない。

 まあ、別に問題ないけどな。


「こんなガキを故郷から誘拐して、モンスターと戦わせて、可哀想だとか哀れだとか思わないのか?」

「ふむ、特に何も思いませんな。弱者が強者に利用されるのはこの世の理。彼らが苦しい思いをするのは、彼らが弱いからです。本人の責任以外の何物でもありませぬよ」


 ケンドリックは表情一つ変えず、澄まして答えた。


「ああ、そうかい・・・・・・」


 そして俺は、彼に〈ドミネイター〉を向けた。



「あ・・・・・・? な、なに? なんだと・・・・・・うぐっ」


 突然、ケンドリックの表情が変わった。

 その瞳の中に、数多の感情が次々に現れては消え、また現れた。

 後悔。混乱。恐怖。悲痛。激怒。嫌悪──

 そして罪悪感。


「うごっ・・・・・・うげえええええええっ!!」


 ケンドリックはうずくまり、その場で盛大に吐いた。


「あ、ああ、ああああ・・・・・・う、うわああああああ──!!」


 そして彼は叫び、頭を抱え、わき目もふらずその場から逃げ出した。

 〈ドミネイター〉によって強制的に植え付けられた感情によって、発狂したのだ。

 ざまあ見ろ、クソ野郎が。

 できれば聖女レノアとエドムンド六世にも同じことをしてやりたい。

 が、しかし──


「くそ、今のが最後の命令だったか」


 ちょうどそのタイミングで、スマホのバッテリーが切れてしまった。

 ここから先は、〈ドミネイター〉に頼らず道を切り開いていかないといけない。

 そして、そのタイミングで──


「・・・・・・イサミ。今、あの男に何をしたの」


 師匠がその場に現れた。

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ドミネイター~催眠アプリを駆使して進む最強への道~ ラバーマン @rubberman2650

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