第27話 速やかにぶっ殺せ

 大和一輝と村瀬真優の後を追って、俺は洞窟の中を進んでいった。

 道中、刃物で斬られ絶命しているゴブリンの死体がいくつか転がっていた。ほとんど一刀両断といった切り口で、剣の切れ味と使い手の技量の高さを伺わせる。

 斬ったのはほぼ間違いなく一輝だろう。この死体を辿っていけば、二人のもとにたどり着けそうだ。

 会って何を話すかは、まだ考えていない。

 だがとにかく、聖女レノアやエドムンド六世の言いなりになって戦うのはやめろと、なんとか説得してみるつもりだ。

 どう考えても、あの連中はまともじゃない。

 もとの世界に帰還する方法を探すにせよ、それ以外の選択をするにせよ、とにかく彼らの支配下からは逃れるべきだ。

 俺はそう結論づけた。

 そして歩くことしばらく。

 俺は、洞窟の中を一人でふらふらと歩く一輝と出くわした。

 まるで魂が抜けたような顔をしており、俺に気づいてもいない。


「おい、大丈夫か? 一体どうしたんだ?」

「あ・・・・・・? あ、あんた、無能のオッサン・・・・・・?」


 声をかけると、その視線が俺のほうに向けられ、なんとか焦点を結んだように見えた。

 っていうか初対面の時も思ったが、クソ失礼なガキだなこいつ。

 親はどういう教育してるんだ。


「二十六はオッサンじゃ──って、今はんなことどうでもいい。なんで一人なんだ? もう一人の子はどうした!?」

「あ・・・・・・いや、俺は・・・・・・おっ、俺のせいじゃねえ! あれは俺が悪いんじゃねえ!」

「あっ、おい──!?」


 一輝は突然顔を歪ませ、俺を思いっきり突き飛ばして、洞窟の出口を目指して走り出した。

 俺はその後ろ姿を、あっけに取られながら見送るしかなかった。

 俺は悪くない? どういう意味だ? 二人で洞窟に入っていったのに何故一人なんだ?

 まさかあいつ──洞窟の奥に、真優を一人で残してきたのか。

 だが何故そんなことを?

 ──可能性はひとつしか考えられない。

 洞窟の最奥には、ゴブリン王国の王がいる。

 ゴブリンよりも遙かに強力な、本物の怪物が。

 そして二人の勇者は恐らく、王に挑んで返り討ちにあい、一輝だけが這々の体で逃げ出したのだ。

 その場に真優を置いて。


「くそったれ──何が勇者だよ!」


 俺は叫び、洞窟の奥を目指して全力で走り出した。

 全てが手遅れでないことを祈りながら。


 最奥の空間にたどり着いた時、状況は想像していた最悪の事態の一歩手前だった。

 村瀬真優は壁際に追い詰められ、たった一人でトロルと戦っていた。

 いや、戦っているという表現は正しくない。

 全力で〈障壁シールド〉の呪文を維持して、なんとか攻撃に耐えているだけだ。その障壁も何度も拳を打ちつけられて激しく揺らぎ、今にも破壊されようとしている。


「〈火球ファイア・ボール〉!」

「ガアアッ!?」


 俺は素早く“力ある言葉”を紡ぎ、トロルの背中に炎の塊を叩きつけた。

 炎は皮膚の表面を焦がすにとどまり、致命的なダメージを与えたとは到底言えない。

 だが狙い通り、トロルは目の前の獲物よりも、いくばくかでも痛痒を与えた俺のほうに注意を向けた。

 そしてその瞬間、真優が展開していた障壁が溶けるように消え去り、彼女はその場で崩れ落ちるように倒れた。

 緊張の糸が切れ、失神してしまったのだ。


「こりゃやべえ・・・・・・!」


 俺は最初、自分がトロルの注意を引いている間に真優を逃がし、その次に自分も逃げるつもりだった。

 トロルに勝てそうにないからだ。

 相手は危険度レベル四のモンスター。

 冒険者ギルドが制定した基準に照らし合わせれば、討伐は熟練の冒険者がチームを組んで当たるべき相手だ。

 まだゴブリンしか倒したことのない俺なんかが、ろくな準備も無しに単独で勝負を挑んでいい強さの敵ではない。

 しかし、真優は気を失ってしまった。恐怖で動けないだけなら〈ドミネイター〉で逃げろと命令することもできたが、意識がなくてはそれも不可能だ。

 くそっ、結局戦うしかないな。

 だが、俺の残存魔素量では撃てる〈火球〉はあと一発だけ。

 この一発で確実に命を絶つには、どうすればいい?

 思いつく手段はたったひとつだ。


「これしかねえな、やっぱり・・・・・・頼むぜ、相棒!」


 俺はドミネイターを起動し、自分自身に命じた。


『目の前の怪物を速やかにぶっ殺せ!』


 その瞬間、俺の中にあった全ての感情が消え去った。

 緊張も、躊躇も、恐怖もない。

 自信も、興奮も、殺意もない。

 あるのはただ一つ。

 氷のように冷たく、刃のように鋭い目的意識のみだ。


「ゴアアアア────ッ!!」


 トロルが咆哮し、豪腕を振り回して襲いかかる。

 ギリギリまで引きつけ、紙一重でかわす。

 一瞬でも回避が遅れていれば、挽き肉になっていた──しかしそれを理解してなお、心には一片の恐怖も浮かばない。

 〈不朽〉の片手半剣を抜き、横腹を切り裂く。

 手応えは鈍い。皮膚が革鎧も同然に硬いのだ。そして、たとえ傷をつけても数秒で再生してしまう。

 再生を防ぐには炎で攻撃すればいいが、確実に命を奪うには、ただ皮膚の表面を焼くだけではダメだ。

 脳や心臓などの重要な部位を焼き尽くさなければ、致命打にはならない。

 つまり、敵の内側で呪文を炸裂させる必要がある。

 そのための技術はある。〈呪文伝導〉だ。

 だが、今の俺にはまだ使えない。

 ──それなら、代わりの技で補うしかない。

 俺は大きく背後に跳んで間合いを稼ぎ、息を整えて次の攻撃に備える。

 トロルは懲りもせずにまた襲いかかってくる。

 その動作は単調で、予想することは造作もない。


「──ふッ!!」

「グガッ!?」


 全力で前に踏み込みながら〈魔法の手〉を発動し、背後に力場を展開して背中を押す。

 振り回されるトロルの腕をかいくぐり、雷光の如き突きの一撃を心臓に叩き込む。

 刃先が確かに心臓に届く手応えがある。

 だが、これでは死なない。

 投げ捨てるように剣を引き抜く。

 再生が始まる前に、心臓を狙って傷口に腕を突っ込む。

 生暖かい感触。そして指先に感じる心臓の鼓動。


「──〈火球ファイア・ボール〉」


 その瞬間、指先から放たれた爆炎がトロルの心臓を焼き尽くした。

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