第5話 第一犠牲者は中年商人
王宮から離れ、人の集まる場所を探して歩き回ることしばらく。俺は様々な商店が軒を連ね、行き交う人々で賑わう大通りにたどり着いた。
時刻は昼前。軽食の屋台から良い匂いが漂ってくるが、今は我慢。手持ちの貨幣は金貨しかない。たぶん屋台じゃ受け取ってくれないだろう。
俺は道行く人々に声をかけ、遠い国から珍品を売りに来た商人なのだが、高く買い取ってくれそうな場所はどこだろうか、と聞き込み調査を行った。
何人かには邪険にあしらわれたが、何人かは親切に答えてくれた。その結果、珍品に目がないという評判の商人ゴルドー氏の店を教えてもらい、早速そこを訪れた。
当初の予定通り不要品を売るためだが、もう一つ、〈ドミネイター〉の実験をするという目的もある。
「ふうむ、実に珍しい品ですな。長年商いをしておりますが、このような品々は見たことがありません!」
俺が品物──腕時計、筆記用具、メモ帳、スーツのジャケットなど──を見せると、中年の商人ゴルドーは目の色を変え、興奮気味にそう語った。彼は魔導具の扱いを専門とする商人らしいのだが、個人的な趣味で珍品の取り扱いもしているのだそうだ。
日本人の俺からすると、彼が日常的に売買している魔導具のほうがよっぽど珍しい品物なんだけどな。ゴルドーが品物の鑑定に熱中している間、俺も売り物の魔導具を見せてもらった。
店内は広く、様々な魔導具が置いてあった。
魔法の力で永久に燃え続ける、燃料不要の〈永久松明〉。
疲労軽減と走力強化の効果を持ち、履けば一日に百キロは進めるという〈駿馬の長靴〉。
空になっても数時間でまた満杯になるという〈無限の水瓶〉などなど──
さすが魔法の品というだけあって、地球の常識を越えたものもある。ただ、どれひとつとっても安くはない。
「お待たせしました、イサミ様」
しばらくしてゴルドーが鑑定を終了し、俺を呼び戻した。
未だ興奮冷めやらぬ調子だ。
「本日は大変希少な品々をお持ちいただき、感謝に堪えませぬ。全てあわせて金貨五十枚で買わせていただきましょう。いかがですかな?」
五十枚! 期待以上の値段ではある。
だが口では感謝していると言っても、商人が最初から最高の条件を提示するとは思えない。これでもまだ安く買い叩かれているはずだ。価格交渉の余地はあると考えていいだろう。
今こそ、こいつを試すべき時だ。
俺はスマホを取り出し、〈ドミネイター〉を起動してゴルドーに向け、
「最高の値段で買い取ってくれ」
とストレートに頼んだ。
普通に考えれば、こんな交渉とも言えない言葉で商人が値段を動かすわけがない。
しかし〈ドミネイター〉の力が本物なら、この言葉だけで十分なはずだ。
結果はすぐに明らかになった。
ゴルドーの目が画面の魔法陣に吸い寄せられ、一瞬、光を失った。
そして──
「失礼、確かにこれだけの珍品に五十は少なすぎましたな。それでは、金貨百二十枚をお出ししましょう。是非それで売っていただきたい!」
五十から百二十。二倍以上もの値段を提示した。
まさしく、何者かに操られているとしか思えない変化だった。
では誰に操られたのかというと、そりゃあ俺しかいない。
「・・・・・・マジかよ。本物じゃねぇか!」
思わずそんな声が出てしまい、ゴルドーには怪訝な顔をされたが、構うもんか。
催眠アプリ〈ドミネイター〉。
その犠牲者第一号が中年の商人とは華がないことこの上ないが、とにかくその効力は本物だった。
俺は金貨百二十枚で価格交渉を承諾し、売り払ったスーツの代わりとなる衣服を近くの店から取り寄せてもらった。
目立たない色合いのシャツとベスト、動きやすく頑丈な革のズボン。それに履き心地の良い旅用のブーツと、ビジネスバッグの代わりの革鞄だ。着替えを終えると、俺はサラリーマンから中世の市民に変身していた。
ちなみに、さすがにパンツは売らなかった。売ってくれるなら買うとゴルドーは言っていたが、俺にも譲れない一線はある。
ゴルドーは非常に残念そうにしていたが、ただ単に珍しい品を手に入れ損ねたからだと思いたい。
それにしたって、いくら珍しくても人のはいてるパンツを欲しがるのはどうかと思うが・・・・・・
さて、懐が暖まって人心地ついたところで、次の方針だが。
俺は再びゴルドーに〈ドミネイター〉を使用し、全ての質問に正直に答えてくれるよう頼んだ。
目的は情報収集である。何度も操って申し訳ないが、商人ならきっと事情通だろうと思ってのことだ。
まず最初に聞いたのは、
「この街に、戦いのいろはを学べるような場所はないか? 剣でも魔法でもなんでもいい」
ということだ。
能力がなければ勇者ではないとして王宮を追い出された身だが、結局のところ、もとの世界へ帰るには魔王を倒すしかないのだ。またそれ以外の帰還方法を探すにしても、怪物が跋扈するこの世界を生きていくにあたって、自分の身は自分で守れるようになりたい。
さらに付け加えるなら、せっかく異世界に来たのだから、剣や魔法を使って戦ってみたいという気持ちもちょっぴりある。俺もあんまり、一輝のことをどうこう言えないな。
俺の質問に、ゴルドーは難しい顔をして唸った。
「武芸を学びたいのなら騎士学院、魔法を学びたいのなら魔導院がありますが、どちらも入学できるのは貴族の子弟のみです。それ以外ですと衛兵隊に入れば軍事教練を受けられますが、むろん衛兵として働くことになってしまいます。それはお望みではないでしょうな?」
「ああ、それは困る。衛兵になるつもりはないよ」
「ふむ、それでは・・・・・・ひとつ良いアイディアが浮かびました。冒険者ギルドに依頼を出し、腕の立つ冒険者を師として雇うというのはいかがですかな」
「冒険者?」
なんだかワクワクするワードの登場である。
「おや、ご存じありませんか? 怪物を狩ったり、秘境や迷宮を探索して財宝を探すことを生業とする荒事の
もう少し詳しく聞くと、冒険者への仕事の依頼は冒険者ギルドが受け付けており、怪物討伐から商隊の護衛、浮気調査に迷子のペット探しまで、幅広く募集しているようだ。ほとんど何でも屋のようである。
暗殺などの汚れ仕事はさすがにやってくれないらしいが、教師の募集なら問題なく請け負ってくれるだろうとのこと。
なるほど、悪くないアイディアに思えるな。
行ってみるか、冒険者ギルド!
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