第15話 剣舞と魔弾

 〈魔法の手〉を会得して魔素を制御する感覚を掴んだ後。俺は〈初級呪文の実践〉の内容に従い、まず〈障壁シールド〉を、次に〈魔弾マジック・ミサイル〉を教わった。

 魔素によって力場の腕を形作り、対象を動かすのが〈魔法の手〉の呪文。

 魔素を凝縮して、強固な力場の盾を形成するのが〈障壁〉の呪文。

 そして鋭く研ぎ澄ました力場を、矢の如く発射するのが〈魔弾〉の呪文だ。

 この三種はその日のうちに使えるようになった。

 一般的な基準と比較して、俺の呪文の習得速度はどうだろうかと師匠に尋ねると、


「早い。ものすごく」


 と言って、悩ましげにかぶりを振った。

 この調子で鍛錬を積めば、いつか魔王の首に手が届くことがあるのだろうか・・・・・・

 いや、そんなに甘いものではない気がするな。

 魔法の訓練が終わった後は、昨日と同じように地獄の近接戦闘訓練。

 ただし師匠には、剣だけでなく呪文も織り交ぜて戦うように言われた。


「剣と呪文を別のものだと考えずに、ひとつのものとして扱って。剣と呪文の完全な調和が剣魔術師ソードメイジの理想だから」


 とのこと。

 さっき呪文を覚えたばかりの身にはいきなり難易度が高そうだが、とにかくやってみることにする。

 一日目はただボコボコにされ、必死に耐えるだけだった剣の修行。

 しかし二日目は〈障壁〉の呪文を覚えたおかげで、無防備に攻撃を受ける回数がかなり減った。

 三日目には俺もだいぶ反撃に出れるようになり、ただ一方的に攻撃を受けていただけの状態から、互いに攻撃と防御を繰り返す武道の演舞に近づいていった。

 俺は徐々に、師匠の動きを表面だけただ真似るのではなく、その根底にある術理ロジックを理解し始め、それを自分の動きに取り入れていった。

 師匠の剣術の特徴は、脱力からの急加速だ。

 常にリラックスした状態で相手を待ち受け、柔軟な防御で攻撃を受け流し、隙を見つけるや爆発的な加速で一気に突く。

 全身の瞬発力を一点・一瞬に凝縮した斬撃は、さながら稲妻ライトニング・ボルト

 目で見ても絶対に反応できないので、常に次の動きを予測して対応する必要がある。なので必死に対応するうちに、自然と“読み”の力量が鍛えられていく。

 すると、交錯する太刀筋は打てば響くようにかみ合い始め、華麗な“剣舞”と呼ぶべきものになっていった。

 一合打ち合うごとに速度と精度をいや増しながら、剣舞はますます研ぎ澄まされていく。


 剣の修行と平行して、もちろん魔法の修行も進めている。

 師匠は鞄から次々に分厚い魔導書を取り出し、俺に読ませ、その内容を実践させた。

 俺は〈ドミネイター〉のおかげで、驚異的なスピードでその内容を暗記し、咀嚼していった。

 スマホで時間を計ったら、一冊読み終わるのに平均三十分もかかっていなかった。ぺらぺらのラノベを読破するがごとくである。

 技術面においても成長は著しい。

 初級呪文の大半はすぐに無詠唱で使用できるようになり、剣舞の中に組み込むことが可能になった。

 そして修行は六日目を迎え──


「──はっ!!」


 激しい攻防の中。一瞬の隙を見出した俺は、師匠の持つ木剣に向かって〈魔弾〉を放った。

 きらめく力場の矢が木剣を真っ二つにへし折り、手の中から吹き飛ばす。

 武器を失った師匠が一瞬、動きを強ばらせ、俺はその隙を見逃さずに鋭く踏み込んだ。

 全身の瞬発力を一瞬・一点に集中する。

 我ながら稲妻のような斬撃が虚空を走り、


 ──これは当たる!


 俺はそう確信した。

 だが──

 その一撃は空を切った。

 師匠は優雅にくるりと後転しながら斬撃を悠々かわし、次の瞬間、伸ばした人差し指から手加減した〈魔弾〉の呪文を放った。

 力場の矢が、しかしボディブローのように重く腹を打ち、俺は「ぐえっ」とうめいて膝をつく。

 そんな俺に、師匠は無表情で、かすかに首をかしげながら言った。


「あとほんの少し踏み込めば当たっていた」


 その通りだ。木剣が師匠に届く最後の一瞬、俺は躊躇して踏みとどまってしまった。

 理由は単純。

 師匠は俺なんかより遙かに強い剣と魔法の達人とはいえ、見た目は十三、四歳くらいの女の子。それも、今日まで全力で俺を鍛え上げてくれた恩人だ。

 たとえ訓練だとしても、木剣でぶっ叩くなんてことはできるはずがなかった。

 甘いと言われるかもしれないが・・・・・・しかし、できないものはできない。

 だとすら思わない。


「もしかして、わたしを攻撃したくないの?」

「あー・・・・・・まあ、うん、その通りだ。どうしてもな・・・・・・」


 師匠に率直に尋ねられ、嘘をついても仕方がないので、俺は肯定した。

 真面目にやれと怒られるだろうか。それとも情けないと幻滅されるだろうか。

 おそるおそる師匠の顔を伺うと、しかしそこに浮かんでいたのは、俺の予想と異なる、出会ってから初めて見る表情だった。


「わたしにあれだけ容赦なく打たれたのに、わたしを一度打つのもいやなの?」


 彼女は口元をほころばせ、ごく自然で優しい微笑を浮かべていた。


「そう。はそういう人なのね」


 俺は世界一美しい花がつぼみを開く瞬間を見たような心地になった。

 それぐらい、彼女の微笑は魅力的だった。


「でも、それならこのまま修行を続けても仕方ない」


 ほとんど陶酔状態だった俺に、師匠がぴしゃりと言いはなった。


「うっ、そりゃそうだよな」


 修行は実戦を想定したものでなければ意味がない。

 相手に反撃を当てることができないという縛りがあっては、実戦からかけ離れた内容になってしまう。

 それでは修行にならないだろう。

 さて、どうするべきか。一番手っ取り早いのは、やっぱり・・・・・・

 と、その時──

 俺はふと、森の奥がにわかに騒がしくなったことに気づいた。

 耳を澄ますと遠く聞こえてくるのは、数人の男の叫び声と、多数の興奮した猿のような鳴き声。

 誰かが森でモンスターに襲われているようだった。

 騒ぎは徐々にこちらに近づいており、やがて、


「助けてくれええええ・・・・・・」


 という男の声がハッキリと聞こえた。なんだか聞き覚えがあるような、無いような。

 俺と師匠は顔を見合わせた。


「・・・・・・こんな偶然ってあるか?」

「でも、ちょうどいい」


 師匠に対して手が出せないなら、容赦なく手が出せる相手を見つければいい。

 そしてぶっ叩いても心が痛まない相手が、どうやら向こうから来てくれるようだ。

 次はいよいよ、モンスターとの実戦だ。

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