第16話 VSゴブリン部隊

「この声はゴブリン」


 騒ぎの方向へと耳を澄ましながら、師匠がそう言った。

 師匠が俺に読ませた本の中には魔導書以外の物もあり、そのうちの一冊に、冒険者ギルドが発行している〈怪物誌〉というのがあった。

 様々なモンスターの名前や特徴が挿し絵付きで乗っている、要は怪物図鑑だ。大陸中の冒険者から寄せられる体験談や、怪物研究者からの助言によって、その情報精度は非常に高いという。未知の領域を探索し、様々なモンスターと戦う冒険者にとっては必読の一冊だ。

 例によってその内容は、〈ドミネイター〉の力で完璧に記憶していた。

 ゴブリンについて書かれたページの内容を思い出す。

 子供ほどの背丈の醜い人型モンスターで、単体の危険度レベルは一、つまり最低クラス。身体能力は低く、一対一ならクワを持った農民でも倒せるほど弱い。

 ただし群れだと危険度はあがり、また中には、人間から盗み出した“力ある言葉”を戦いに用いる特殊個体もいるようだ。

 決して侮っていい相手ではない。

 だがしかし、ゴブリンに苦戦してるようじゃ冒険者なんかつとまらない。

 ゴブリン退治を難なくこなせるかどうかは、冒険者稼業がつとまるかどうかの一つの分水嶺だ。

 とまあ、そんな感じのことが書いてあった。

 さて、ではこの俺はどうだろうか。


「わたしは上から見ている。危なくなったら助けるから、一人で片づけて」


 師匠はそう言って、重力を感じさせないふわりとした跳躍で、手近な木の高い枝へと飛び乗った。どうやら観戦モードに入るらしい。

 しかし、「危なくなったら助ける」なんて、妙に優しいことを言う。

 これまでのスパルタぶりを考えると、「死ぬ寸前になったら助ける」とでも言いそうだが。何か心境の変化があったのだろうか?

 ところで今の俺の装備は、白いリネンのシャツに革のズボン、そして手には木剣という、駆け出し冒険者以下の状態だ。武装しているとも言い難い、かなり頼りない状態である。

 そんな装備で大丈夫か?

 まあ、鎧に関しては〈障壁シールド〉の呪文があるし、武器に関して言えば、木剣だって立派な凶器だ。それは俺が身をもってよく知っている。思いっきり力を込めてぶん殴れば、ゴブリンくらい倒せるだろう。

 そういうわけで、俺は木剣を構えて敵の到来を待った。

 間もなく、情けない悲鳴をあげながら三つの人影が修行場に飛び込んできた。

 三人とももれなく人相が悪い。くたびれた革の鎧を身につけ、一人は槍を、一人は弓を、一人は半分の長さしかない大剣を持っており──


「──って、またお前らかよ!?」


 追われていたのはなんと〈剛傑団〉の三人だった。

 これで三度目の邂逅である。なんで俺、こんな連中と縁があるんだ。


「お、おい、お前! 俺様の代わりに、ちょっとあいつらの相手をしろ!」


 〈剛剣のガラム〉──いや、今は〈半剣のガラム〉と呼ぶべきか──がそんな勝手なことを言いながら俺の横を通り過ぎ、後ろの茂みへと頭から飛び込むようにして隠れた。ギランとグルドもそれに続く。

 MMOで言うところのトレイン行為である。重大なマナー違反だ。垢BANされてしまえ。

 それからすぐ、逃げる〈剛傑団〉の後を追って、怒った猿のようなわめき声をあげながらゴブリンの集団が飛び出してきた。

 数は六。粗末な生皮の鎧を体に巻きつけ、錆びた剣や手斧、木の盾などで武装している。

 待ちかまえる俺の姿を見るや〈剛傑団〉からターゲットを切り替え、威嚇の叫びを上げながら襲いかかってきた!


 先手必勝。機先を制するべく、俺は“力ある言葉”を唱えた。

 魔素が空中に凝結し、俺のイメージに呼応して、研ぎ澄まされた力場の矢へと変ずる。


「──〈魔弾マジック・ミサイル〉!」


 撃ち放った魔法の矢の数は六発。ゴブリン一匹につき一発のつもりで放ったが、残念ながら矢の制御はまだまだ甘い。全弾命中とはいかなかった。

 だが、突如として降り注いだ輝く魔法の矢の雨は、敵の出鼻をくじくのに十分だった。

 数匹が矢の直撃を受け、数匹が矢を避けようとして転び、仲間同士でもつれ合って動きを止めた。

 俺は好機を逃さず、その混乱の中に切り込んでいく。


「ギャギィッ!!」


 狙いは最前列にいる、錆びた剣で武装した個体。なんとか立ち直って武器を構えたが、もたついたその動きは、師匠と比べると止まって見える。


「でりゃあっ!!」

「ガッ・・・・・・!?」


 臆せず思い切り踏み込み、相手の防御をやすやすとかわして、頭部に縦一閃の斬撃を叩き込む。

 木剣を通して、頭蓋骨が陥没する確かな手応えが返ってきた。

 しかし──


「げっ、力入れすぎたか・・・・・・!?」


 同時に、木剣がへし折れてしまった。

 師匠との訓練でだいぶダメージが蓄積しており、その限界が今来てしまったようだ。

 と同時に、ようやく混乱から立ち直ったゴブリンが反撃を開始した。

 残る五匹のうち手斧を装備した二匹が、勢いよく手に持った武器を投擲してきた。

 回転する手斧が、風を切って唸りを上げる──というほどの迫力はない。

 ゴブリンの腕力は貧弱で、投擲の腕もさほどではない。その速度は十分に見切れる範疇だ。また、当たっても致命打になる威力ではないだろう。

 避けることは難しくないが、ここは相手の武器を利用させてもらうとしよう。

 俺は二つの手斧に向かってそれぞれに左右の腕を伸ばし、手のひらを広げ、二本の〈魔法の手〉を生み出した。

 力場によって構成された不可視の双腕が、空中で手斧を掴み止める。


「返すぜ、これ!」

 

 〈魔法の手〉を振るって、俺は二倍の速度で手斧を元の持ち主に投げ返した。

 今度こそ、手斧は風を切って唸りを上げた。


「──グギャアッ!?」

「ギャヒィッ!」


 狙い過たず手斧がゴブリンの頭をかち割り、同時に二つの悲鳴があがる。

 これで後は三体。そのうち一体はリーダー格らしく、ボロ切れをローブのように身にまとい、先端に動物の頭蓋骨をすえた長い木の杖を持っている。残る二匹はその護衛なのか、木の盾を持ってその身を守るように構えている。

 杖にローブ。その格好は魔法使いのように見えるが、もしかして・・・・・・?

 俺の予想は当たった。

 そいつは“ゴブリン・シャーマン”と呼ばれる特殊個体だった。


「■■■──■■■■──■■■ッ!!」


 シャーマンが早口で何かをまくしたてる。ねじくれた発音でひどく聞き取りづらかったが、それは紛れもなく"力ある言葉"だった。

 詠唱が完了すると、高く構えた杖の先端に燃えさかる炎の球体が生み出された。


「〈火球ファイア・ボール〉か!」


 魔素を炎の元素エレメントに変換し、凝縮した火炎を炸裂榴弾のごとく撃ち出す呪文である。

 これはまずい。

 直撃を受けるのは、榴弾をまともに食らうのと同じようなものだ。

 〈障壁〉を展開して身を守るか。いや──

 俺は咄嗟に、別の選択をした。

 〈火球〉が発射されるタイミングで思い切り地面を蹴り、同時に、〈魔法の手〉を使って自分を上空に引っ張り上げる。ゆうに三メートルは跳んだ俺の足下を、ゴブリンの〈火球〉が虚しく通り抜け、背後の茂みに着弾した。

 爆炎と衝撃が上がり、


「「「うぎゃあああっ!」」」


 煽りを食らった〈剛傑団〉が悲鳴を上げたが、自業自得だ。

 俺は空中で素早く“力ある言葉”を紡ぎ、眼下のシャーマンめがけてお返しとばかりに〈火球〉の呪文を撃ち込んだ。

 盾を持った二体の護衛も、上空からの軌道には対応できない。

 輝く炎の砲弾がシャーマンに直撃し、激しい爆炎と衝撃波が三体のゴブリンをボロ切れのように薙ぎ倒した。

 と同時に、俺は再び〈魔法の手〉を発動し、体を力場で包んで落下速度を抑えながら軟着陸する。

 終わってみれば、一分もかかっていない。

 こうして俺は、異世界で初めてモンスターと戦い勝利したのだった。

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