第17話 ゴブリン王国

 戦闘が終わると、俺は急に激しい虚脱感に襲われた。

 戦いが終わって気が抜けたというのもあるが、一番の理由は、体の中に蓄えた魔素を急激に消耗したためだ。

 魔法の発動には魔素が不可欠である。そしてその大半は術者の体内に蓄えた分が消費され、これを使い切ると当然魔法の発動は不可能になり、また激しい虚脱感が生じる。

 要はMP切れだな。

 体内に蓄えられる魔素の量を魔素容量と呼び、周囲の空間から魔素を取り込んで魔素残量を回復する速度を魔素収集力と呼ぶ。この二つは、後天的に鍛えるのが難しいとされる能力だ。

 師匠との修行の途中だったとはいえ、〈魔弾〉一発、〈火球〉一発、それに数回の〈魔法の手〉でこんなに消耗するとは・・・・・・

 俺の魔素容量は、人と比べてどうなのだろう。あとで師匠に聞いてみよう。

 どうやらあまり多くはなさそうなので、聞くのはちょっと怖いが。


「ふ、ふん。お前、中々見込みがあるな! 俺様ほどじゃないが、良い冒険者になりそうだ」

「おう、ガラムの兄貴の言うとおりだ。ま、俺たちのほうが強いがな!」

「多少呪文は使えるようだが、まだまだ未熟じゃい!」


 俺が息を整えていると、〈剛傑団〉が茂みから出てきて、ぬけぬけとそんなことを言った。

 ゴブリン・シャーマンの〈火球〉は直撃こそしなかったようだが、その余波は結構なダメージを与えたようだ。全員全身煤だらけで、髪がチリチリになっている。

 にも関わらず偉そうな態度だけは一人前だ。ほとほとタフだな、こいつら。

 その間抜けっぷりを見ていると腹を立てる気も失せてくる。いっそ笑えてくるぐらいだ。

 と、そんな俺の半笑い顔を友好の笑みだとでも勘違いしたのか、


「どうしてもって言うなら、〈剛傑団〉の新メンバーに加えてやってもいいぞ?」


 〈半剣のガラム〉が馴れ馴れしく肩に腕を回して勧誘してきた。


「いや、ゴブリンから逃げ回ってた人の仲間になるのはちょっと・・・・・・」

「んだとォ!? こっちが下手に出りゃつけあがりやがって!」


 つい忌憚のない意見が出てしまった。ガラムが煤だらけの顔を真っ赤にして怒鳴り声をあげる。

 どうやら怒らせてしまったらしい。人は本当のことを言われると怒るものだ。

 俺だってお前モテないだろと言われたら怒るぜ。

 とその時、いつの間にか地面に降りてきていた師匠が俺の腕をぐいっと引っ張り、ガラムから引き離した。


「わたしの弟子ものに勝手に触らないで」

「あ? なんだこのガキ・・・・・・ってげえっ、霊銀級!?」


 さすがにギルドでの一件で力の差は理解していたらしく、〈剛傑団〉の三人は飛び上がるように距離を取った。

 猫の背後にこっそりキュウリを置くと、振り向いたときこんな反応をする。

 蛇と誤認して驚くらしい。可哀想だからやっちゃダメだぞ。


「お前たち、モンスターのは重大な規約違反よ。このことはギルドマスターに報告する」

「あ、やっぱりそうなのか」


 当たり前だが、この世界でもトレイン行為は禁止らしい。

 こっちとしてはちょうどいい実戦訓練の相手を連れてきてくれて助かったのだが、それはそれ、これはこれだ。

 万一被害に遭ったのが戦闘能力のない一般市民だったら、大変なことになっていた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。緊急事態だったんだ。あいつらはただのゴブリンの群れじゃねえんだ! 話を聞いてくれ!」

「いやよ」

「頼む、聞いてくれ! いや聞いてください、霊銀級様! なんでもしますから!」

「絶対いや」

「まあまあ、師匠・・・・・・」


 俺は間に立って取りなした。

 どんな理由があれ、規約違反は規約違反。トレイン行為をギルドに報告することに異存はないが、一応、ゴブリンから逃げていた理由を聞いておいても損はあるまい。

 〈剛傑団〉とて、一応はギルドに所属する冒険者。

 まさか本当に、六匹のゴブリンが怖くて逃げていたわけではないだろう。

 俺がそう思って続きをうながすと、〈剛傑団〉は思いも寄らぬことを口にした。


「俺様たちゃ、ゴブリン王国キングダムを見つけたんだ!」


 その後の話はギルドに帰還し、ギルドマスターの前ですることになった。

 俺、師匠、〈剛傑団〉の三人は二階の応接室に通された。

 俺と師匠は椅子に座るよう促され、ギルドマスターが直々に入れたお茶をもらったが、〈剛傑団〉は最初から最後まで立たされていた。

 先生に怒られる学生みたいだと思ったのは内緒だ。

 話を聞いたギルドマスターは、顎を撫でながら唸った。


「ゴブリン王国か・・・・・・もし本当なら放ってはおけんな」


 ゴブリン王国とは、通常の群れを遙かに超えた規模を持つゴブリンの巣穴を指す言葉だ。

 〈剛傑団〉は王都近隣の森でそれを発見し、命からがら逃げ出してきたのだと言う。


 〈剛傑団〉の証言は以下の通り。


 彼らは師匠に真っ二つにされた〈巨人殺し〉のローンと修理費を稼ぐべく、ギルドでゴブリン退治の依頼を受け、王都近郊の森を調査していた。

 このところ王都近郊の森や街道で、かなりの頻度でゴブリンが目撃されている。どこかに巣穴があることは疑いようがなく、それを見つけて壊滅してほしいというのが〈剛傑団〉が受けた依頼だった。

 そして見つけたのが、森の中にぽっかりと口を開けた大きな洞窟だ。

 いかにもゴブリンがねぐらとしそうな場所だったので、三人はここが巣穴だろう確信して中に入っていった。

 だがその最奥で彼らが目にしたのは、想像を遙かに超える規模の、ゆうに百を超えるゴブリンの集団だった!

 ゴブリンたちは粗末ながらも武器や鎧を装備し、中にはゴブリン・シャーマンや、大型種ホブゴブリンの存在も見受けられた。

 とてもではないが、三人でどうにかなる数ではない。

 ギルドに報告するために撤退しようと思ったのだが、その時グルドが思いっきりくしゃみをし、驚いたギランが思いっきり屁をこき、それを思いっきり吸い込んだガラムがせき込み、我を忘れて怒鳴った。

 かくして三人はゴブリンの群れに追われることになり、数時間に渡る過酷な逃亡劇の末に、俺たちに出くわしたようだ。

 つまりそもそもの発端は誰かさんが〈巨人殺し〉を破壊したことなので、あれ、別に俺様たち悪くないよな?

 うん、そうに違いない。規約違反の罰金は無しにしてくれ!

 最終的に〈剛傑団〉は大まじめでこんなことを言い出し、


「・・・・・・んなわけあるか、ボケえっ!!」


 話を聞いていたギルドマスターがブチ切れ、鉄槌の如き拳骨を三人に落とし一撃で失神させた。

 彼らにはかなりの額の罰金が課せられ、その一部は被害者である俺と師匠に支払われるらしい。

 もっとも、彼らに支払い能力があるかはかなり怪しいところだが・・・・・・払えない場合は、ギルドの管理のもと過酷な強制労働が待っているそうだ。

 自業自得だから別に同情はしない。

 それにしても、ゴブリン王国か・・・・・・何やらデカい話になってきたな。

 いくら構成員がゴブリンでも、百匹となれば農村の一つや二つは楽に飲み込むだろう。

 さすがに王都の城壁を破れるとは思わないが、近隣の住人や街道の通行者にとって、重大な危機であることには変わりない。

 王都のそばでそんなものが発見されたのなら、王立騎士団が動くだろうか?

 それとも、冒険者ギルドに討伐依頼が出るのだろうか?

 もしくは・・・・・・

 勇者の出番という可能性もあり得る。

 俺は王宮で別れたっきりの、二人の日本人学生のことを思い出していた。

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