第18話 勇者カズキと聖女レノア
大和一輝は、平凡な家庭に生まれた平凡な人間だった。
ブサイクというわけではないが、特別人目を惹く容姿はしておらず、身長や体重は平均的。
趣味はラノベやネット小説、それにゲームで、熱中するあまり毎日夜更かししている。授業中はほとんど居眠りしてばかりだから、成績は下から数えたほうが早い。
中学生までは両親の意向で剣道をやらされていたが、厳しい練習が嫌になって高校に入る前にやめてしまった。
クラスでは目立たず、イジメられてはいないが、人気者でもない。
それがこれまでの、大和一輝という少年だった。
だが今は違う。
この世界では、一輝を平凡などと呼ぶ人間は誰一人いない。
なぜなら大和一輝は、異世界から召喚された選ばれし存在──勇者なのだから。
ある日突然異世界に召喚され、聖女と名乗るとんでもない美人に「魔王を倒してくれ」と頼まれる。
まるで熱中していたライトノベルやネット小説そのものの展開に、一輝は最初こそ戸惑ったものの歓喜した。
異世界に召喚され、特別な力を与えられ、モンスターや魔王を相手に無双し英雄となる。
ずっと夢見ていたことが現実になったのだ!
一緒に召喚されたのは中学生の美少女・村瀬真優と、あと名前はもう忘れたがスーツ姿のリーマン。
自分以外にも勇者が──それも男が──召喚されたことに、最初は不安と不快感を覚えた。
おまけにリーマンは『自分がこの二人の分も戦う』なんて言い出した。
手柄を独り占めして、自分だけが勇者になろうとしているのは明らかだった。
幸い、リーマンは何の
邪魔だから追放してくれ、と王宮の偉い人に頼めば、その通りになった。
ここでは自分は勇者なのだ。勇者の意向は最大限尊重される。
当然のことだ!
今頃どうしてるかは知らないが、あんな平凡そうなオッサンが異世界に放り出されて、まともに生きていけるとは思えない。
チンピラに身ぐるみ剥がれて裏通りで物乞いでもしてたら、金貨を恵んでやってもいいかもしれない。
もちろん、向こうが土下座して頼んでくればの話だ。
ここ数日間、一輝は王宮の敷地内にある王立騎士団の練兵場を借り受け、戦闘訓練に励んでいた。
『武器の支配者』。それが勇者・大和一輝に与えられた固有能力である。
剣を持てば剣の達人となり、王宮の衛兵たちを易々と打ち倒すことができた。
弓を持てば弓の達人となり、百発百中、どんな的も外さなかった。
何一つ努力しなくても、最強。
まるで最初からレベル一〇〇でゲームを始めた気分だ。
まさしくチートスキルと言って良かった。
そして現在。
一輝は練兵場で、王立騎士団長ケンドリックと模擬戦をしていた。
一輝の武器は両手持ちの長剣。対するケンドリックの武器は、片手剣と重厚な大盾だ。
「オラァ!!」
「むんッ!!」
一輝が激しく打ちかかり、ケンドリックは防御に徹してなんとか凌ぐ。
そんな攻防が、幾度となく繰り返される。
あらゆる角度から絶え間なく攻撃を行い、一輝はケンドリックの反撃を完全に封じている。
しかしまた、その堅牢な防御をこじ開けることもできていなかった。
勇者の力をもってしても容易くは打ち倒せない相手。その存在は一輝の心を激しく苛立たせた。
「クソっ、守ってばっかりかよ! 男らしくねえな!?」
「わたくしの仕事は陛下と王国を守ることでしてな。防御には絶対の自信があるのです!」
ケンドリックの盾が一輝の斬撃を受け止め、力任せに押し返す。
凄まじい腕力によって一輝の体が宙に浮かび、後方へと大きく押し飛ばされた。
しかし一輝は空中で華麗に回転し、猫のように音もなく着地する。
二人は再びにらみ合い、武器を構えた。
と、そこへ──
「お見事です、カズキ様。さすがは勇者様ですわ!」
白い神官服に身を包んだ完璧な美女、勇者の導き手を務める聖女レノアが現れた。
「お、おうレノア。はっ、こんなの別に大したことねえよ」
一輝は顔を真っ赤にしつつ、なんでもない風を装った。
正直言って、女性と話すのには慣れていない。これまで彼女が出来たことはなかったし、女友達と呼べる存在もいなかった。
しかも相手がこんなS級の美女で、純粋な賞賛と好意の視線を送ってくるとなれば、なおさら平常心ではいられない。
かつて一輝が密かに恋心を抱いていたクラスで一番の美少女(後で知ったがサッカー部の主将とつき合っているビッチだった)でさえ、レノアと比べればその辺の石ころに思えるほどだ。
「そんなことはありません、カズキ様。ケンドリックは王国でも随一の騎士、それを一方的に封じ込めるなど他の誰にも不可能なことです。勇者様のお力とはまことに凄まじいものですね」
「はっはっはっ、カズキ殿は謙虚でございますな」
「・・・・・・ま、まあ、それほどでもあるかな」
レノアとケンドリックから相次いで賞賛され、一輝は鼻高々に答える。
実を言えば、ケンドリックを──たかが王国一の騎士ごときを──叩きのめせなかった事実は、少々一輝の自尊心を傷つけていた。
だが、こうして賞賛の言葉を浴びればそれもすぐに気にならなくなった。
「ところで、真優の方はどうなんだ? あいつの魔法の腕は上がってるのか?」
「はい。マユ様も大変覚えが早く、素晴らしい成長を見せておりますよ」
一輝とともに召喚された中学生、村瀬真優。
黒い髪を肩口で切りそろえた、日本人形のような印象を受ける美少女だった。レノアとタイプは違うが、彼女もまたS級に分類していいほど整った顔立ちをしている。また身長はやや低めだが、それに反して驚くほどスタイルが良かった。
(勇者の・・・・・・俺の
などと思ったものである。
彼女の固有能力は『魔力の泉』。さながら泉から水が湧き出るように、無尽蔵の魔力を使うことができるという非常に強大な力だ。
魔法に特化した固有能力であり、近接戦闘に特化した『武器の支配者』とは、互いの欠点を補う良いコンビになっている。
自分と真優はおそらく二人で一組の勇者なのだ、と一輝は思った。
自分が剣士で、真優が魔法使い。そして聖女レノアを僧侶と考えれば、まるでRPGのパーティそのままではないか。
だとしたら、なんであんな
某RPGで言うところの、商人のようなサポート枠だろうか。リーマンだし・・・・・・それとも遊び人みたいなネタ枠か?
だとしても、何の
しかも年上の男なんて、邪魔以外の何者でもないだろう。年功序列を持ち出して、偉そうにあれこれうるさく命令してくることは間違いない。
それどころか、自分の立場を勘違いしてレノアや真優に手を出そうとするかもしれない。いや、するに決まっている!
それは一輝にとって、絶対に許せないことであった。
まあ、もう消えてもらったのでこれ以上は考える必要のないことだ。
「真優はもう呪文を使えるようになったのか?」
「はい。〈
「そうか。じゃあそろそろ・・・・・・実戦に出てもいい頃だと思わないか?」
召喚されてから今日まで、一輝は一歩も王宮から出ていない。
力をつける前に魔王の手先に狙われるのを防ぐため、とのことではあったが、さすがに毎日王宮に閉じこもって訓練ばかりでは退屈にもなる。
広い世界を冒険し、この力を敵にぶつけ、勇者として世界からの賞賛を受けたい。
そのような強い思いが、一輝にはあった。
「ええ、わたくしどももそう思っておりました」
レノアは一輝ににっこりと笑いかけた。
「実は王都の周辺で、大規模なゴブリンの群れが見つかったのです。勇者様の初陣には妥当な相手かと。どうか討伐を引き受けてはいただけないでしょうか?」
「ゴブリン? そんな雑魚の相手は勇者の仕事じゃないと思うが・・・・・・」
RPGなら序盤の雑魚敵である。既に無敵に等しい剣の腕を持つ自分にとっては、ただのサンドバッグと変わらないモンスターだ。倒したところで、手に入る経験値や財宝などたかが知れている。
できればもっと手応えのあるモンスターがいればいいのだが・・・・・・まあ、さすが王都の周辺にそんなものがいるとは思っていない。
一輝は一片の曇りもない自信をもってうなずいた。
「まっ、いいぜ。肩慣らしにさっさと片づけてやるよ!」
──その後、一輝は使用人に案内され、実戦用の装備をあつらえるために武器庫へと向かった。
意気揚々たるその後ろ姿を見送り、練兵場にはレノアとケンドリックが残った。
「どうですか、ケンドリック。カズキ様の力は?」
レノアがそう尋ねると、
「いやはや、固有能力そのものは驚異的ですな。・・・・・・しかし、持ち主がアレでは宝の持ち腐れというものです」
ケンドリックは、勇者に対する敬意など欠片もない口調で答えた。
「身体能力は平凡。洞察力や判断力、学習能力も秀でたところがない。武器の扱いだけは達者ですが、それではただの達人と何ら変わるところがない。いや、精神面を考えれば明らかにそれ以下ですな」
然り。一輝の固有能力『武器の支配者』は武器を持った瞬間にその武器の達人にしてくれるが、それ以外のことは何もしてくれない。
身体能力が向上することはない。頭脳面や精神面の強化もしてくれない。技量だけは超一流だが、それ以外では平凡な子供のままなのだ。
先の試合。ケンドリックはやろうと思えば、膂力の差を活かしていつでも一輝を叩き潰すことができた。
ケンドリックの技量もまた、超一流である。同格の技量を持つ二人の達人が戦えば、勝負はそれ以外のところで決まる。
技量以外の全ての点で、一輝はケンドリックの足下にも及んでいなかった。
本人はまったくそれに気づいていなかったが・・・・・・
「どうやら此度の試みは失敗というところですかな、聖女殿?」
「そうとは限りません。それに失敗だとしても、失敗作にも何らかの使い道はあるというものです」
聖女レノアの顔には、常と変わらず花のような笑顔が浮かんでいる。
だが、見る目を持つ者であれば一目でわかる。
それは血の通わない花の笑み。
造花の笑顔だ。
「ともかく今は、勇者様の活躍をお祈りいたしましょう。ゴブリン
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