第19話 対決!ギルドマスター

 〈剛傑団〉の報告によってゴブリン王国キングダムの存在が明らかとなったその日。

 ギルドマスターは所属する冒険者たちを召集し、明日にもすぐゴブリン王国への強襲を仕掛けることを決定した。

 これほどまでに討伐を急ぐ理由は、〈剛傑団〉がゴブリン王国の本拠地である洞窟で、ゴブリンたちに潜入を気づかれるというヘマをかましたせいである。

 ゴブリンたちはもう、自分たちの本拠地が人間にバレたことを理解している。となれば、近いうちに必ずや大きな動きがある。

 洞窟を引き払って、どこか別の場所に移動するかもしれない。

 あるいはやぶれかぶれに、近隣の村落を襲いまくるかもしれない。

 可能性は低いが、王都を強襲することもあり得る。

 そんな事態が起きてしまう前に、こちらから仕掛けて一挙に撃滅する。

 それがギルドマスターの判断だ。

 と、ここまで聞くと立派だが、実はそれだけではない。

 王都近隣に出没するモンスターの中で、ゴブリンは騎士団が相手にしないだ。そのため冒険者にとっては重要な飯のタネなのだが、さすがにゴブリン王国ともなると騎士団が出張ってくるかもしれない。

 そうなればゴブリン討伐の手柄も、ゴブリンが巣穴にため込んでいるであろうお宝も、全て奪われてしまう。

 冒険者にとって、それこそが最悪の展開なのであった。


「陣頭指揮は俺が執る。騎士どもに手柄を奪われる前に終わらせるぞ。お前ら、準備しとけよ!」


 冒険者たちを酒場に集め、ギルドマスターはそう宣言した。

 久々の大仕事の到来に、ギルドはにわかに活気づいた。


 そして──

 明日、修行が一区切りとなる七日目。

 俺は一週間の総仕上げとして、冒険者たちに混じってゴブリン王国に攻め込むことになった。

 今の俺に必要なのは、修行よりも実戦経験。

 それを積むためには格好の機会、というのが師匠の判断である。

 俺にも異存はなかった。


「ギルドマスター。明日の攻撃、わたしの弟子も参加する」

「何ぃ? 本気か?」


 師匠がそう告げると、ギルドマスターは怪訝な顔をした。


「まだ修行初めて一週間だろ。どう考えても早すぎると思うがな・・・・・・お前の弟子は、そこまで才能があるってのか?」

「うん。もうゴブリン程度に苦戦はしない」

「それが本当なら大したもんだが・・・・・・おい、どうなんだ?」

「いや、自分じゃなんとも。でもとりあえず六匹は倒したよ」

「何? するってえと、あの三バカが引き連れてった六匹を倒したのはお前だったのか? 俺はてっきり嬢ちゃんが片づけたもんだと・・・・・・」


 ギルドマスターは腕を組み、俺を上から下まで眺め、ふうむと大きく頷いた。


「お前がとんでもない天才なのか、霊銀級の指導がとんでもなく凄いのかは知らねえが、確かに一週間前とは別人みてえだな」


 達人ともなれば矛を交わさずとも、立ち姿、歩き姿を見るだけで、相手がどの程度のか判断がつくという。その眼力をもって、ギルドマスターは俺が破格の成長を遂げていると評価した。

 俺が天才、って線はないだろう、たぶん。強くなれたのは師匠の指導と、あとは〈ドミネイター〉による学習能力強化の恩恵だ。


「だが一応、直に腕を見ておかないとな。ちょっとついて来い」


 俺はギルドマスターに連れられて、ギルドの地下に続く階段を降りた。

 ギルドの地下室は、テニスコートほどの広さの訓練場となっていた。部屋の隅に、使い古した訓練用の武器や防具が無造作に置かれている。

 師匠は当然ついて来たが、他にも、酒場にいた冒険者たちまでぞろぞろ追いかけてきた。どうやら見物したいらしい。暇人か、君たち。

 今からここで実力テストを行うらしい。

 そしてその相手は、ギルドマスターが直々に務めてくれるようだ。

 合格すれば、晴れて俺も冒険者として認められ、明日の討伐作戦への参加権が得られるとのこと。

 冒険者ギルドに登録することは、実は少し前から考えていた。

 優秀な冒険者は世界中で重宝されるらしく、どこへ行くにしても様々な優遇を受けられるのだとか。

 世界を旅するつもりなら、登録しておいて損はない。

 もっとも、無階級ノービスだと大した恩恵もないのだけれど。

 ちなみに霊銀級ともなると、無条件で国境を超えられたり、無料で交通手段や宿泊施設を使えるのだとか。師匠が〈番犬亭〉に泊まった時はメダリオンを見せず、普通に宿泊料を払っていたが。騒がれたくなかったのだろうか。


「これを着けろ。そしたら始めるぞ」

「わかった・・・・・・うえっ、結構臭うな」

「我慢しろい」


 ギルドマスターに渡された革製の防具を身につけると、高校の時に授業で着た剣道の防具の臭いがした。

 〈浄化〉の呪文を使えばマシになるだろうかと一瞬考えたが、いやいや、今はそんなことに魔素を使っている場合ではない。


「呪文は何が覚えたか?」

「とりあえずキケロの初級呪文六種を・・・・・・って言ったら伝わるか?」

「マジかよ、早すぎねえか? まあいい、それなら〈火球ファイア・ボール〉以外は好きに使え」


 俺は頷いた。〈火球〉は師匠や観客を巻き込む恐れがあるし、建物に引火する可能性もある。最初から使うつもりはない。

 となると後は〈魔法の手〉、〈障壁シールド〉、〈魔弾マジック・ミサイル〉、〈雷撃ライトニング・ボルト〉だ。〈灯火ライト〉も使えるが、あれは戦闘では使いどころがない。

 俺は頭の中で作戦を練りながら木剣を握り、数メートルの間合いを取ってギルドマスターと相対した。

 ギルドマスターはゆったりとした動作で木剣を構え、


「ふんッ!!」


 気合いの声を発すると、全身から熱風にも似た濃密な闘気オーラを放った。


「うおっ・・・・・・闘気術か!」


 “力ある言葉”は、魔素を操る唯一の手段ではない。武の鍛錬を積み重ねることでも、魔素を武器とすることはできるようになる──と、師匠に読まされた本に書いてあった。

 それが闘気術だ。

 魔素を闘気に変換し、身体能力を強化したり、武器に纏わせて威力を向上させる。そうした技は、才能があれば鍛錬を積むうちに自然を身につくらしい。

 熟練の戦士というのは、例外なく優れた闘気術の使い手だという。

 後から聞いた話では、師匠がガラムの〈巨人殺し〉を真っ二つにした時の斬撃も闘気術によるものらしい。道理で凄まじい威力だったわけだ。


「よし、いいぞ。どっからでもかかってこい!」


 充実した闘気の層を鎧のように身に纏い、ギルドマスターが言った。

 王都の寂れたギルドの主とはいえ、ギルドマスターはギルドマスター。どうやらその実力は本物のようだ。

 あれなら木剣はおろか、〈魔弾〉や〈雷撃〉をもろに食らっても大したダメージは受けなさそうだ。

 となれば俺がやるべきなのは、とにかく全力で挑むことだけである。


「りょう・・・・・・かいッ!!」


 俺は不意打ちのつもりで無詠唱の〈魔弾〉を放った。

 とにかく速度を重視し、放った矢の数はひとつ。真っ直ぐに鳩尾を狙って撃ち出したが、闘気を帯びた木剣の一撃であっさりと叩き落とされる。


「おっ、本当に呪文を覚えたらしいな!」


 ギルドマスターは余裕綽々といった様子で、楽しげに打ちかかってきた。

 足下で闘気を爆発させて急加速し、一気に距離を詰めてくる。闘気術による高速歩法だ。

 俺はその一撃を、流れるような剣捌きで受け流した。

 力でも体格でも、俺はギルドマスターに敵わない。おまけに向こうは闘気術の使い手だ。

 正面から鍔迫り合いを演じるつもりはない。


「ふむ、防御の腕も中々のもんだな」

「そりゃどうも!」


 唸る風と濃密な闘気を纏って迫るギルドマスターの斬撃を、二度、三度とかわしながら後ろに下がる。その際は真後ろではなく斜めに移動し、円を描くように動くことで、壁際に追いつめられるのを防ぐ。

 よし、とりあえず勝負は成立しているな。これで一撃で失神でもしたら師匠に恥をかかせるところだった。

 あとは・・・・・・


「防御もいいが、反撃もしてこいよ!」

「わかってるって。そろそろ行くぞ!」


 俺は再び、無詠唱で〈魔弾〉の呪文を行使した。

 今度は六発。周囲の空間に魔素が凝結し、次々と輝く魔法の矢を生み出す。


「──これはどうだッ!!」

「む──!?」


 〈魔弾〉を撃ち出すと同時に、俺自身も全力で前に踏み込んだ。

 唸りを上げ、渦を巻いて殺到する魔法の矢の嵐。その真ん中を突き進むようにして、ギルドマスターに斬りかかる。

 剣と〈魔弾〉の同時攻撃。これは受け切れまい!


「はあッ!!」


 ギルドマスターが防御を固め、同時に気声を発した。

 その瞬間、全身を包む闘気の鎧がさらに力強さを増した。


「悪かねえが──足りん!!」


 次々と着弾する魔法の矢を無理に避けようとはせず、全てを闘気の鎧で防いだ。戦車の装甲がピストルの弾を跳ね返すように、矢は魔法の火花をあげながら四方へと弾き散らされる。

 そうしてギルドマスターは、俺の渾身の一撃をあっさりと受け止めた。

 剣と呪文の完全な調和が剣魔術師ソードメイジの理想。師匠が言っていた言葉の意味を俺なりに考えてやってみたのだが、さすがに年季と実力が違ったようだ。

 いかん、まるで通用しなかったばかりか鍔迫り合いになってしまった。このままでは力の勝負になって押し切られる。


「そら、このままだとぶっ潰れるぞ。どうする!?」

「うぎぎっ、どうするって・・・・・・こうするさ!」


 俺はあえて全力で抵抗せず、むしろ逆に力を抜いた。

 相手の勢いを引き込み、自分から後ろに転ぶようにして、ギルドマスターの巨体を後方へと投げ飛ばす。

 柔道で言うところの巴投げに近い感じだ。


「うおっ!?」


 二度通用するとは思えないが、とにかく今回は上手く決まった。

 空中に放り投げられたギルドマスターに向かって腕を伸ばし、“力ある言葉”を唱える。


「──〈雷撃ライトニング・ボルト〉!!」

「ぬうぅっ!」


 激しく燃え立つ青白い稲妻が手のひらから解き放たれ、未だ空中にあるギルドマスターの体を貫いた。

 雷撃系の呪文は相手にダメージを与えるだけでなく、高圧電流によって運動神経を混乱させ、動きを麻痺させる効果がある。これで着地に失敗してデカい隙をさらしてくれたら、即座に追撃できるんだが・・・・・・

 残念ながら、これもまた闘気の鎧で軽減され、確たるダメージは与えられなかった。

 ギルドマスターは巨体に似合わぬ動きで体を翻し、多少姿勢を崩しながらも足から着地した。

 俺も体を起こし、木剣を構える。

 しかし、ここからどうする?

 魔法はろくに効かないし、剣で一撃入れられる気もしない。

 至近距離で、目か口の中でも狙って〈魔弾〉を撃つか? いや、それはさすがにエグいだろ・・・・・・

 と、俺が頭を悩ませていたところ、ギルドマスターが構えを解いた。


「うむ、こんなもんでいいだろ。文句なく合格だ!」


 その瞬間、見物していた冒険者たちがわっと声をあげ、


「やるのう、若いの!」

剣魔術師ソードメイジって奴か。面白え戦い方をするな」

「マスター相手によくやったぞ!」

「たいしたものですね」


 手を叩いたり、口笛を鳴らしたりしながら、口々に賞賛した。


「あはは、どうも・・・・・・」


 俺は照れくさくなって頭をかき、


「よくやったわ、わたしの弟子」


 わずかに満足げな表情を浮かべる師匠から、お褒めの言葉を頂いたのだった。

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